第23話 暗闘

「失敗です。あれは……シェリエ=ミュートは怪物です! まともな制圧作戦では捕えることは不可能です!!」


 スマホから聞こえてくるのは、作戦失敗の報告。口数の少ない狩人の指揮官の声は、はっきりと恐怖に染まっていた。


「……そうか。追って指示を出す。まずは潜伏せよ」


 大成は絞り出すように応じた。

 失敗には罰を与えるのが鉄則とはいえ、島に潜り込んでいる工作員は貴重だ。無駄に消費できない。少なくとも、補充が終わるまでは。

 互いにそのことを理解しているから、率直な報告も上がる。現場で無理を押して壊滅、というのは現代戦ではタブーに等しい。

 指揮官の声はやや落ち着きを取り戻した。


「はっ。痕跡を消し、潜みます」


 取り戻した、かに見えた。


「ぐっ! 何だ貴様! うっ! があああっ!」


 誰何の声とそれに続く悲鳴。言葉の間にぷしゅ、という抑制された銃声が複数回聞こえた。

 そのまま、通話が切れる。

 不気味な沈黙が下りる室内を、飛龍の声が切り裂く。


「つまり?」


 いつもの愛想のいいものではない。端的で、冷え切った声音だった。

 その余裕のなさに大玲は驚いたが、表情は少し動いただけだった。対照的に大成は落ち着きをなくしてダラダラと汗を流し始める。


「さ、作戦は失敗。指揮官は逃亡に成功するも、不測の事態が発生しました……」

「そうだな」


 飛龍は一瞬表情を憤怒に変えそうになったが、深呼吸を一つして、大成の報告の正しさを認めた。怒りの気配が急速に静まっていく。


「隊長のGPSは補足していますか?」


(アンガーマネジメントも完璧。ほんと、厄介なやつね)


 大玲はその切り替えを忌々しく思いながら、会話に加わることなく、ただ推移を見守ることにする。


「はい」

「わかりました」


 ぎし、と音を立てて飛龍がソファから立ち上がる。

 音鳴りのするような安物ではないはずだから、そこには明確な意志が込められたか、あるいは。


(案外、表に出さないようにするだけなのかもね)


 埒もない想像を振り払うように、大玲は音を立てずに立ち上がり、大成も続いた。

 二人の反応速度に満足したように、飛龍は一つ頷いて、指示を出す。


「大成さん、あなたは別荘へ。大玲さん。ついていってください。理由はわかりますね」

「怪しまれないように、ですね。状況をヒアリングして、報告すればよろしいですね」

「さすが、才媛と言われる大玲嬢だ。満点です」


 大成への皮肉を込めてか、飛龍が不意に絶賛する。

 歯噛みする父に冷めた視線を一瞬向けてから、大玲は自らの飼い主に問う。


「飛龍様は?」

「わかっているでしょう」


 わざとらしく、スーツの内側につるしたホルスターから拳銃を取り出す。

 大口径の、回転式。

 消音機のついた小口径とは比べ物にならない威力があるそれを、見せつけるように言う。


「ネズミを駆除してきます。うちの猟犬を回収しませんとね」




 マギス島は狭い。そのために島はきちんと生活ができるように、かなり人の手が入っている。

 従って、道路沿いは見晴らしのいいところがほとんどである。

 一方で、普段人が使わないところ、例えば島の中心にある山――大きさは知れているが――に近い山林は、自然の姿を残している。

 逆に言えば、潜伏できる場所はそこくらいしかない。

 獣道があるかどうか、という中を、男は慎重に、しかし可能な限り速く進んでいく。

 作戦は失敗した。しかしそれでも、自分が生きて戻ることには価値がある。

 そもそも部下は無力化されているだけで、死んではいないのだが、猟犬の男はそれには頓着していない。逃げ延びることと捕まることでは意味が全く違うからだ。

 生きて戻りさえすれば、𠮟責は受けようがまずは本国に戻ることができる。

 しかし――その希望は叶わない。


「っ!」


 突如聞こえた、ぷしゅ、という音を敏感に察知して、男は身を伏せた。

 そのまま、茂みに身を隠そうとするが、

 また聞こえたぷしゅ、という音がすると、今度は男の足から鮮血が舞った。

 悲鳴をあげなかったのは、単なる男の矜持に過ぎない。


「何者だ!」


 変わりに誰何の声を上げたのは、成功だったのか、失敗だったのか。

 わからないが、声に応えて姿を現したのは少年だった。

 暗視ゴーグルごしで詳細はわからないが、身長が低めで、暗視ゴーグルをつけている。両腕に固定するタイプの魔動機をつけていることから、恐らくスクールの生徒とわかる。

 スクールの生徒であれば問題ない。シェリエ=ミュートや日高翔のような、訓練された軍人に対抗できる魔法使いは他にいない。

 ただ、問題は、少年の右手に消音機付きの銃が握られていることだった。

 口径は大きくない。静粛性を重視したのだろう。

 だが、そのおかげで脚の傷は深くはない。

 短時間の格闘は問題ない。男はそう判断して立ち上がった。


「物騒なものを持っているな。それは人に向けるものじゃない、と習わなかったか?」


 余裕を持って、言葉を発する。少年はわずかに驚いた後に微笑んだ。


「習っていないなあ。祖国はアメリカと違って銃社会ではないし、この島の授業でも習うことはないよ」


 言葉とともに、ヒイィ、と魔動機が動く音がした。

 会話こそ応じるものの、少年は動きを止める気はないらしい。


「破邪よ!」


 左手から、青い光が放たれた。暗闇を細く切り裂くそれを、男は危なげなくかわす。


「ふっ!」


 そのまま、息吹とともに少年に迫る。三歩の距離を一歩で詰めて、ナイフを振るう。

 ナイフが少年を捉えた瞬間、その姿が消失した。

 驚く間もなく、再び消音機を通した銃声が響く。


「うぐっ!」


 横から今度は左足を打ち抜かれ、男が苦悶の声を上げた。


「破邪よ!」


 さらに追い打ち。一撃で意識を失いこそしないものの、男の視界がブレた。

 がくん、と思わず膝をつく。

 魔法の威力は大したことがない。シェリエはおろか、他の魔法使いよりも下に思える。

 しかし、銃という現代兵器と合わせて使われるとこれほど厄介とは――

 男は、ろくな抵抗もできず、合計四度の破邪の魔法を受けて、意識を失った。

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