第22話 とんでもない速度で成長する者をこそ、天才という
マギス島の日の入りは、早くも遅くもない。
晴れの日が多いために、ほぼ毎日夕焼けが見られることが特徴といえば特徴である。
水平線の向こうに日がゆっくりと、沈んでいく。
昼と夜の狭間。極東で言う、逢魔が時。
黒装束に身を包んだ彼らは、その時を待ちわびたかのように、動き始める。
動きは統一されており、速い。そしてそれ以上に、音がない。
彼らは、そのまま音を立てず、その家へと向かう。
ガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
それに気づいて、翔が立ち上がる。
「大玲先輩、おかえりなさっ……!」
帰宅を祝う言葉は最後まで続かなかった。プシュ、という抑制された銃声が翔の耳に届く。
同時に、白い障壁が展開する。ほぼ無意識だったが、銃弾は完全に防がれる。
銃弾の先、入り口には二人が立っている。
翔が玄関に対応したとほぼ同時に、デッキ側のガラス窓が割られた。
「護りよ!」
「風よ!」
ごく短い言葉とともに、シェリエとアイナの魔法が同時に展開する。
魔動機を通したアイナの魔法よりも先に、シェリエの魔法が発動する。
翔と同じような白い障壁が正面に展開し、銃弾を弾く。
そこから遅れてアイナの突風の魔法が叩きつけられた。部屋に入ってこようとした三人がわずかにたたらを踏み、速攻を許さない。
速攻が通じなかったために、黒装束の襲撃者たちはじり、と歩を詰め始める。
そこに焦りは見られない。油断も、ない。
「……どういうことよ」
「どこの差し金かはわからないけれど、まあ、翔が狙いなんでしょうね」
眦を釣り上げて襲撃者を睨みつけるシェリエに、アイナが答える。
「わたし達を人質にするとか、定番じゃない?」
魔力を魔動機に流しながらアイナが口にする。
シェリエの変化は、劇的だった。
「……へえ」
いつも明るい少女が出すとは思えないほど、低い声がリビングに響く。
シェリエの周囲が白く光り、波打った黒髪がぶわり、と広がった。
「翔の魔法は鉄壁だけれど、わたし達ならどうとでもなる、ってことよね?」
「え、ええ。そういう判断だと思う」
「……舐められたもんね」
シェリエの周囲が甲高い音を立て始める。それは、アイナの魔動機の音と似ていたが、遥かに大きく、高らかに響く音だった。
異変に気づき、三人の襲撃者が互いの距離を広げる。
「アルス・イム・マイラス・タクト。アルス・イム・マイラス・タクト……」
シェリエは気にもせずに、いつもの調子で独特の呪文を唱え始める。
一人が動いた。音を立ててフローリングを蹴り、横っ飛びに銃を構える。
「悪意よ! 沈黙せよ!」
しかし銃弾が放たれるよりも速く、シェリエの魔法が完成する。
勢いよく前方に伸ばされた右腕が持つ短杖から、白い破邪の光が、同時に三本、放たれた。
真っ先に動いた男が、引き金を引く。銃弾が放たれる。
「護りよ!」
しかし、続けざまに展開された障壁が、銃弾を弾く。
ほぼ同時に破邪の光が男を貫き、その意識を刈り取った。
残りの二人もそれぞれ別方向へよけようとするが、光が軌道を変えてそれぞれを追尾する。
「があっ!」
一人が叫び声をあげて倒れる。
最後の一人が、間合いを詰めようとシェリエに向かって走る。
だが、それも背後から追ってきた破邪の光に貫かれ、未遂に終わる。
「はっ?」
あっという間の出来事に、思わずアイナが間の抜けた声を上げるが、シェリエはまだ止まらない。
「悪意よ! 沈黙せよ!」
再び放たれる白い光。二筋の光は弧を描くように翔の脇を通り抜け、玄関から入ってきた二人の男に襲い掛かる。
しかし、相手も黙ってはやられない。男の一人がもう一人を囮にするように蹴り飛ばし、自身は玄関から一目散に逃げ去る。
その動きは流石に素早く、シェリエの視界からあっという間に消えた。
「……ふん」
一人を逃がしてしまったことへの不満を表すように、シェリエは腕を組んで息を吐いた。
翔とアイナが襲撃者たちの意識がないことを確認してから、戸棚の奥にあったビニール紐で拘束する。その間も、シェリエは油断なく周囲に視線をやっていた。
あまりにも隙のないその姿に、翔とアイナが思わず顔を見合わせる。
シェリエ=ミュートは確かに特別な存在である。
彼女は確かに、現代に生きる本物の魔法使いである。
彼女は確かに、ミュート家が、島が、大国アメリカが誇る天才である。
だが、彼女は決して、無敵の存在ではない。
明らかに訓練されたプロを5人も――1人取り逃がしたとはいえ――瞬く間に無力化できるような、一騎当千の存在ではない。
この合宿での訓練でもここまでの力は見せていなかった。あるいはそれは、実力を隠していたのかもしれないとしても。
少なくとも、数ヶ月前、ヴァイス=ヒルクライムには手も足も出なかったはずである。
一体、何が彼女を変えたのか。
「ん? どうしたの?」
思わず見つめる翔とアイナに、シェリエは不意にいつもの調子に戻って尋ねる。
「いや、どうしたのもこうしたのも……」
「いつの間にこんなに? 数ヶ月前とは別人じゃないの」
呆然と言う二人に、シェリエは得意気に胸を張った。
「ふっふっふ。わたしだって、成長するのよ」
そして、力強い笑みを浮かべ、翔へとびしり、と指を向ける。
「まだまだ、翔には追い付かせないからね」
そして、翔はようやく気づく。
シェリエ=ミュートが天才と呼ばれるのは、その魔力の量でも、魔法の制御でもない。
少し目を離すと、とんでもなく成長するから、天才と呼ばれるのだと。
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