第21話 くだらない作戦と、くだらない大人たち

 フランクが帰宅したことで寝室を独占した翔はたっぷりと眠り、翌日を迎えた。

 やはり女性陣は翔よりも遅く、しかし昨日よりは早く起きてくる。

 揃って朝食をとると、午前中は昨日に引き続き、魔法の実践を行うことになった。

 そんなわけで、翔はシェリエと対峙している。


「さーて、今日こそ吠え面をかかせてやるわ!」

「えええ……」


 恐ろしく乗り気なシェリエに、翔は嫌な予感しかしない。その世間一般からは強すぎる魔力を持つ彼女は、普段かなり魔力をセーブして実戦に挑んでいる。

 そのため、全力を受け止められる翔に対してはやや過剰威力の魔法を放ってくることが多い。


「アルス・イム・マイラス。アルス・イム・マイラス……」

「いきなりっ!?」


 さっさと詠唱に入るシェリエに、慌てて翔も守護の魔法を展開する。


「悪意よ! 沈黙せよ!」

「護りよ!」


 シェリエが持つ短杖から飛び出した白い破邪の光が空気を切り裂き、翔へと撃ち込まれる。

 その速度も密度も、昨日大玲に放ったものよりも数段上であった。

 しかし、翔が展開した魔法は軋むこともなく、あっさりと受け止める。

 その様子に、大玲が苦笑を浮かべた。


「化け物二人、といったところかしら」

「同意するわ」


 アイナも似たような笑みを浮かべる。だが、大玲は意外そうに問いかけた。


「あら、あなたでも敵わないの?」

「あんな魔力バカたちに勝てるわけないでしょう」


 若干嫌そうにアイナが答えても、大玲は追及をやめない。笑みを別種のものに変えて、続ける。


「十分に準備をしたらどうかしら? 黒い森の魔女さん?」

「……さあ、どうかしら」


 意外な異名を使われて、アイナの返事は遅れた。それでも、やり返すことは忘れない。


「準備さえしたら、あなたならできるでしょう? 道士様」

「……さあ、どうかしらね」


 同じように一瞬虚を突かれて、今度は大玲の返事が遅れた。

 二人の間に、見えない火花が散る。

 その間にも、シェリエが攻撃をして、翔が受けるという展開は続く。


「悪意よ! 沈黙せよ!」


 シェリエが4回目の破邪の魔法を放ち、翔がそれを防ごうとして、変化は起こった。


「雨となりて! 悪意よ沈め!」

「護りよ!」


 シェリエの言葉とともに、光が軌道を変えて、上昇する。 

 翔の魔法が展開するが、軌道を変えた破邪の光はぶつからない。

 上昇した光が、いくつもの小さな粒に分かれ、そのすべてが翔めがけて殺到する。

 まるでそれは雨のように。

 ――あるいは、機関銃のように。


「まずっ!」


 翔が慌てて魔法を全周に展開する。その一瞬後、シェリエの魔法が着弾する。

 ガガガガッ! と耳障りな音を立てて障壁がわずかにブレるが、それでも貫くには至らない。


「あれー、これでもダメかあ」

「いやいやいや、ナニコレ? 殺る気高すぎでしょ!」


 物騒な魔法に似合わない、期待外れ、といった声を出すシェリエに対して、流石に翔は声を大きくしてツッコんだ。


「……準備したら、勝てる?」

「……無茶言わないで」


 見物していた魔女二人は、あっさりと先ほどまでのやり取りを撤回した。




 結局翔とシェリエの模擬戦はいつも通りの千日手に陥り、痛み分けとなった。

 しかし、その二人のあまりと言えばあまりな戦いぶりに、アイナと大玲はすっかりやる気をなくし、模擬戦不参加を表明した。

 そのため、早めの昼食となり、4人は冷静パスタを楽しんだ。


「で、昼からはどうするの?」

「そうね。もう魔法の実践はいいから、魔動機をいじりたい気はするけれど」


 シェリエの率直な問いに、アイナが欲望を垂れ流す。


「それは魅力的な提案ね」


 大玲も頷いてしまうため、多数決的には魔動機いじりになりそうで、シェリエが嫌そうな顔をした。

 しかし、諦めの表情でもあるため、翔は午後からの予定は魔動機いじりで決まりと思ったが、


「失礼します。お嬢様」


 これまで一言も発してこなかったメイドが、大玲に声をかけた。


「何かしら? ちょっと失礼するわ」


 無作法を承知の上で声をかけてきたことに、緊急性を見出したのだろう。大玲は咎めることもなく、メイドを伴って席を外す。


「何かあったのかしら?」

「さあ」

「戻ってきたらわかるよ」


 翔達三人は訝し気に首を傾げたものの、何が起きているかわかるはずもなく、アイスティーを飲んで待つことにした。

 しばらくして、大玲が戻ってきた。

 顔に、見事に不機嫌を貼り付けて。


「……」


 誰かが声をかけようとして、だが躊躇していると、大玲は隠す気もない不機嫌さそのままに、どさり、と音を立ててソファに腰を下ろした。


「本邸の方に国からの来客みたい。わたしは一度戻るわ」


 不機嫌さの理由が一瞬でわかる言葉だった。

 国からの来客。その鬱陶しさは、スクールの生徒であれば誰でも理解できる。

 ただし、翔だけは例外だが。


「アポなし? 迷惑ね」


 シェリエが率直に感想を述べると、大玲は仏頂面のまま頷いた。いつも余裕のある笑みを浮かべている彼女にしては珍しい表情で、その分本気で迷惑と思っていることがよく分かった。


「悪いけれど、適当に過ごして待っていて」


 言って、大玲は席を立った。そのまま、玄関に向かって歩いていく。

 その後ろをメイドが一礼して追いかけていった。

 翔達は微妙な空気のまま、取り残されることになった。




 結論から言えば、残っている必要はなかった。家主も、そしてメイドさえもいなくなった別荘に残っているのは、居心地の悪さを覚えなくもない。

 それでも3人が残っているのは、大玲に待っていて、と言われたためである。

 というか、それでタイミングを逃し、家の鍵も預かっていないがために、開けっ放しで帰ることもできずにいるのであった。


「どれくらい待っていればいいのかしらね」

「国からの来客って言っていたし、2、3時間は戻ってこないんじゃないかしら」


 アイナの疑問に、シェリエが答えた。いつもとは逆の展開に、翔は少し驚きつつも、シェリエに疑問をぶつける。


「シェリエも国からの来客を受けたりするの?」

「そりゃあね。ミュート家は魔法使いの間では新興だけれど、アメリカではそれなりの代続いている家でもあるし」


 あまりいい思い出がないのであろう。若干表情に不機嫌さを表しながらも、シェリエは翔の疑問に丁寧に答える。


「家、かあ」


 特に親が魔法使いだったわけではない翔は、そのあたりがどうもピンとこない。


「翔のケースは近年ではかなり珍しいわ。魔法使いの素養を大っぴらに測定することはできていないもの。逆にすでに魔法使いがいたことがわかっている家庭なら、子どもにその素養があるかどうか、ある程度は確認できる」


 親が教えるとかでね、とアイナが補足する。

 その説明は翔も納得できるものだった。ものだったが、しかし――


「でも、そういうことなら……」

「魔法使いの家系でも、魔法使いの素養がない人もいるわ。そして、魔法使い以外の家系では、そもそも素養の確認はしていない」


 躊躇いがちな翔の言葉を引き取るように、アイナがつらつらと喋る。


「だよね。なら……」

「翔」


 シェリエが珍しく翔の言葉を押しとどめる。


「翔の言いたいことはわかる。そういう説もある。でもそれを口にするのは、気を付けたほうがいいわよ」


 ここは人の別荘で、何があるかわからない。

 暗にそう忠告するシェリエに押され、翔は自らの言葉を飲み込んだ。

 口にしようとしていた推論。


 ――魔法使いの素養は、遺伝しないのではないか?


 口にすることをやめたその推論は、奇しくもフランスから来た先輩と同じものだった。




 一方の大玲はメイドの運転で、島の本宅に戻っていた。別荘よりもさらに広い敷地に入り、車停めで停車するなり車から降りると、カツカツとヒールの音を響かせて玄関ホールのドアを自分で勢いよく開ける。


「御父上が来られています」


 黒服を来た使用人が一礼して告げてくる。


「そう。一人?」

「飛龍様がご一緒です」


 その名前を聞いて反射的に舌打ちしそうになるのを、大玲は懸命にこらえた。

 父一人ならどうとでもなるが、飛龍は手ごわい。敵に回すときは今ではない、と判断する。


「待たせることになるけれど、先に着替えるわ。ご不快のないようにおもてなしを」

「はい」


 大玲の指示に異議を唱えることもなく、黒服が再び一礼した。




「お待たせいたしました」


 別荘にいたときのカジュアルな服から袖なしのチャイナ服に着替え、大玲がリビングで待っていた二人に声をかけた。予想通り、この南国だというのに二人とも似合いもしないスーツを着込んでいる。

 父、大成は肩幅が小さく、オーダーメイドのスーツであってもやや着られている感があるし、飛龍は逆に筋肉のついたがっちりした体型のため、スーツに身体を押し込めているような印象を持たせる。


「来たか」

「直にお会いするのはお久しぶりですね。ますますお美しくなられましたな」


 端的で、それでいて必要のない言葉を口にする父と、見え透いたお世辞を口にする飛龍。

 相変わらずの様子にも、大玲は表情を変化させない。

 二人の対面のソファに腰をおろして、愛想しか込めない微笑みを浮かべてから、口を開く。


「早速で申し訳ありませんが、突然のご訪問、どのようなご用件で?」

「お前が作戦に対して妙な真似をしないよう、監視だ」


 大成の率直な物言いを普段は馬鹿にする大玲だが、今日に限ってはありがたかった。


「ずいぶんと信頼されていませんね、わたしは」

「お父上は反抗期のあなたが、一時の感情で作戦の不確定要素になることを心配されているのですよ」


 大玲の場合、反抗期などという成長に従ってなくなるような可愛いものではない。彼女の奥底には父親に対する決定的な不信と侮蔑が存在する。

 飛龍はもちろんそれをわかっていて、的外れな言葉を口にしている。

 大玲を別荘から引き離すという目的さえ達成すれば、理由などどうでもいいのだから。


「それで、作戦どおり、魔力は使わせたか?」

「ええ。今日も午前中は模擬戦に近いことをしましたし、相応に魔力は減っています」


 ドイツの魔女が魔法を一度も使っていないことも、翔の魔力量が規格外に過ぎることも、大玲は伝えない。

 大成にとってその二点は作戦上、想定の範囲内でもあるし、単純に伝える気がないだけでもあった。


「いいだろう。では、作戦は予定通り決行する」


 大成が瞳に力を込めて、宣言する。

 その様子に、隣の飛龍が満足そうに頷く。


「期待していますよ、大成さん」

「どうぞ、ご随意に」


 一方の大玲は投げやりな調子で頷くが、上海からはるばる来た二人はいつものこと、と気にしない。

 その二人の様子を眺めながら、大玲はやや力を抜いて、ソファに身体を預ける。


(それは確かに、アイナかシェリエを人質にとれば、翔は投降するでしょう。翔の魔法の精度からすれば、父の兵隊ならかいくぐるでしょう。けれど、)


 魔法使いの卵など、そこらの高校生と変わらない、と高を括っている二人を眺め、思う。


(ヴァイスが苦もなく制圧したとはいえ。どうにもシェリエ=ミュートを舐めすぎよね)


 自身の希望的観測を交えながら、大玲は思う。

 こんなくだらない作戦、せいぜい失敗すればいい、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る