第12話 対峙

 その後、昼食、午後の授業と翔は何事もなかったかの様に過ごした。

 ただ、燻ぶる何かは自覚できる程に強くなっている。

 それを抱えたまま、家路につこうと、席を立つ。当然のようにシェリエとアイナが近づいてきた。


「終わったわね」

「だね。お疲れ様」


 笑みを浮かべて労いの言葉を掛け合う。

 そのまま、じゃあ、と翔が声をかけたところで――


「ちょっと待って」


 シェリエが止めた。


「ねえ、翔、付き合って」


 その突然の言葉に教室が一瞬凍りついたが、翔は即座に理解し、突っ込んだ。


「ちょっと、が抜けてるよ。なに?」

「ほ? うわ! うわわわわわ!」


 突っ込まれた意味を理解して、シェリエが顔を赤くしながら、慌てた声を上げる。

 その様子には特に何の感慨も抱かずに、翔はそっけなく繰り返す。


「いや、だから、なに?」


 その平然とした様子が、何故か無性にシェリエの勘に障った。


「なに、じゃないわよ!」


 そのために、とりあえず理不尽なことを言って、シェリエが箒を振り回す。

 その先の竹で編まれた毛の部分が、翔に触れる寸前で――

 白い光が、その軌道に割り込んで箒の動きを止めた。

 その力の強さにか、速さにか、赤くなっていたはずのシェリエの表情が、変わる。

 少女ではない、誇り高き魔法使いのものに。


「……顔、貸して」

「……わかったよ」


 翔も真剣な瞳で、シェリエを見つめて返す。

 ただ、その真剣な瞳の中に――

 わずかな苛立ちと、そして寂しさを見てとったのは、アイナだけだった。




 シェリエのナビゲートで、アイナの車が向かったのは島の西部にある飛行場近くの空き地だった。

 意識的にか、あるいは無意識にか、飛行場へ行くことを避けてきた翔には、初めて来る場所であった。

 だから、率直に尋ねる。


「ここは?」

「わたしの練習場所」


 シェリエは簡潔に答えて、エンジンを止めた車から降りた。翔とアイナが、それに続く。

 三人は車から離れて、歩いていく。

 その途中で、地面が焼け焦げている場所や、穴の空いている場所をいくつも見つめた。


「シェリエは、どれくらいここに来るの?」

「基本的には、毎日よ」


 その言葉も、簡潔だった。少女は珍しく、言葉少なにただ、歩く。


「緊張してるのよ」

「え?」


 アイナが立ち止り、翔も振り向いて立ち止った。

 シェリエだけが、歩き続ける。

 そのまま数メートルの距離を開け、ようやく少女は立ち止り、身体を反転させた。翔と正面から向き合う形になる。

 距離があるために、少女の表情ははっきりとはわからないが――

 挑むような視線を向けて来ていることが、翔にもはっきりと伝わった。




 男は、偶然通りかかっただけだった。

 少なくとも今すぐに彼らをどうこうする意味はなかったし、本国からの許可もいまだ降りていなかった。

 ただ、年代物の車が停まっているのを見つけただけだ。

 普通なら、気にも止めないだろう。しかし男はその車が、アイナ=フォルゲインのものだということをきちんと知っていた。運転経験の充分にある者なら、島の中に限り自家用車の運転が認められる。アイナはきちんとライセンスを持つ、数少ない学生の一人だった。

 だから、男が車を停めたのは、交通マナーとか、切符をきるとか、そういった行為のためではない。


「偶然にしては出来過ぎだな」


 車が停まっている空き地の中に、三人の姿を認めたからだった。

 車から降りて少し近づくと、配置がはっきりとわかる。それで、どういったことをしようとしているのか、大体理解できた。


「私は幸運なのだろうな」


 そう呟いて、三人を刺激しないように離れた場所で立ちまる。


「このショーを、見逃す手はない」


 さあ、見せてみろ、と唇だけが動く。


「日高翔。お前の価値を」




箒を身体の正面で横に構え、シェリエは瞳を閉じて、ゆっくりと力を集中していく。

体内から魔力が満ち、身体の外へと展開していくのを、はっきりと自覚する。

 授業で見せるような、片手間の力ではない。本当に、本気の力。

 ミュート家に連なる血筋が産み、自信が操る、本物の魔法使いの力だ。

 大気がざわめく。シェリエの身体を、白い光が覆っていく。

 その光は、翔が自らを守るために発動させる光と、同じものだった。

 この白い光こそが、魔力。カテリナが授業で言ったように、その正体はいまだ解明されていないが、魔力は確かに、眼に見える形で存在する。

 それは、魔法使いの身体の中に。

 そして、現代の魔法使い達はその力を取り出して、魔動機を通じて展開し、形あるものにする。

 ――だが遥かな過去に存在した、本物の魔法使いは違う。

 その力は、あくまでも手の中に。己の意志を通じてのみ、形を為す。


「凄い……」

「まったく、とんでもないわね」


 翔とアイナが呟くのを聞いて、シェリエは目を開いた。軽く笑みを浮かべて。


「見えるでしょう? これが魔力。翔、あなたが展開するのと同じものよ」

「これが……本物の魔力。僕の力の、正体」


 呆然と繰り返す翔に、シェリエは笑みを消して、続ける。


「見せてもらうわよ、翔。あなたの力がどれだけのものか」

「は?」


 いきなりの言葉に、眼を点にする翔だが、お構いなしにシェリエは再び瞳を閉じる。


「森羅万象を司る精霊たちよ! 我が名、シェリエ=ミュートの声に応えよ!」


 漂うだけだった白い光が、言葉に応じて、少しずつ、箒の先端へと集まり、密度を増していく。


「アルス・イム・マイラス。アルス・イム・マイラス……」


 シェリエが白い光に包まれた穂先を翔へと向ける。

 そして、高らかに――

 シェリエは、叫ぶ。


「悪意よ! 沈黙せよ!」


 魔力はただ応え、翔へと照射される。

 シェリエが使ったのは、破邪の魔法。昨日、カテリナが儀式を用いて翔にぶつけた魔法だった。

 しかし、その密度は段違いに強い。

 カテリナは魔動機と儀式を用いたにも関わらず、ただ自らの力だけで発動する、シェリエの魔力の方が、強い。

 だからこそ、彼女は呼ばれる。

 現代に甦った本物の魔女、と。




 その紛れもなく、魔法使い達の島、マギス島で最高の力を――


「うわあああああああああああ!」


 翔が悲鳴を上げて、待ち受ける。

 瞬時に、翔の身体を白い光が包み込む。光は翔の身体を覆い隠すほどに強い。

 ――結果は、呆気ないものだった。

 翔の光は、あっさりとシェリエの光を飲み込み、そして拡散させた。

 翔は微動だにすることもなく、髪の毛一筋動かさず、そこに立っていた。

 シェリエが、驚愕に眼を見開くことにも気づかず、ただ疑問だけを口にする。


「突然何するんだよ」


 その質問に、もちろんシェリエは答えない。ただ、呆然と自らの想いだけを零す。


「ありえないわ……わたしの、ミュート家の魔法が、まったく効かないなんて」


 その独白に、文句を続けることもなく、翔は口を噤んだ。

 二人が、言葉もなく立ち尽くす。それを少し離れた位置から見つめるアイナが、一人呟いた。


「わたしの見立ては、間違っていなかった」


 三人がそれぞれの想いに没頭していく。

 だから、誰も気づかなかった。

 男がその様子を余すところなく眺め、そして、去っていったことに。

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