第13話 思惑と想い
「フフ、フハハ! ハハハハハ!」
自宅へと向かう車内で、男はこらえきれずに笑い声を上げた。
そのまま見たものを思い出すように、続ける。
「ミュート家の力をああも容易く飛び超えるとは! 素晴らしいな、彼は!」
青い瞳が、危険な光を帯びる。
「極限状態が覚醒させた、才能……か」
男は冷静な口調に戻り、呟いた。その下にたぎる期待と愉悦を隠しながら。
「同じようなことが起これば、一人くらいは覚醒するかもしれんな」
やはり冷静な口調のまま、男はそこで言葉を切って、ギアをトップへと入れた。
彼がオーストラリアの魔法使いとして、初めて魔法の世界に現れたのは一〇年程前だった。マジックスクール時代の成績にはそれほど見るべきものはない彼は、遅れてその才能を開花させた。
彼の魔力が増大したというわけではない。
彼は実用的な魔動機の開発に優れていた。スクールを卒業後、軍隊にも志願し、魔法に変わって現実を支配する力を知った彼は、その差を埋めるべく研究を重ねた。
彼は、知ってしまったのだ。
魔法使いが差別されることに、はっきりとした理由があることを。
それは、幸運だが、幸福なことではなかった。
知らなければ、気づかなければ、彼は大多数の魔法使い達と同じく、誇りだけを胸に抱き、一生を過ごせたのだから。
それでも気づいたのは幸運だった。少なくとも彼はそう思った。
偽物の誇りにしがみつかずに済んだのだから。
彼は、懸命に努力と実験を重ね、そしていくつもの使い勝手のよい魔動機を作成した。
しかし、彼はオーストラリアの出身だった。アメリカよりも更に浅い魔法の歴史しか持たない国は、魔法使いの世界で、下に見られていた。
アメリカとの歴史の差など、長い魔法使いの歴史からすれば、些細な差でしかないが、それでも一段低く見られていた。
その理由を、彼は単純な力の差だと考えた。
オーストラリアには、歴史の差を埋めるような――例えば、アメリカのミュート家のような――突出した魔法使いがいない。
その上、今低く見られているために、ヴァイスが基礎を構築した魔動機も、ヴァイスの名前では世に出すことができなかった。
そのほとんどは、共同研究として資金を出す欧州各国の成果となってしまう。
――魔法後進国。
祖国につけられた蔑称を看過できるほど、ヴァイスは愚鈍でも、無頓着でもなかった。
次第に焦りを増した彼が見つけたのは、一つの事故の記事。その事故で生き残った一人の少年の存在だった。
半信半疑だったが、その可能性を捨て切れず、いくつかのプランを立ててきた。
今、彼はその少年を、その秘められた力を、この目で見た。
もはや止まる理由はない。それどころか、それを進めれば、祖国を押し上げることができる。
男の唇に浮かんだ笑みは、まったく崩れることはない。
車は機嫌よく、猛スピードで走り去った。
アイナが黙って車に乗り込み、エンジンをかけた。
その音に気づいて、シェリエと翔が車へ向かって、歩き始める。
二人も無言を貫いていたが、車に乗り込む寸前、シェリエが声をかけた。
「ねえ翔」
「なに?」
翔が、動きを止めて振り返る。二人の視線が、わずかに交錯した。
「……なんでもない」
しかし、シェリエは眼を逸らした。言いたいことがあるのに、何かを恐れて言えない。
気のせいかもしれないが、翔はそう感じた。
だから――
翔は追求せずに、助手席に身体を滑り込ませた。
シェリエも後部座席へと座る。
ゆっくりと、車が動き始め、やがて道に溶けるように、その姿を小さくしていく。
空き地は再びの静寂を取り戻し、何事もなかったかのように草が風に揺れた。
翔とシェリエを家まで送り届け、アイナは自宅のガレージへと車を停めた。そんなことをせずとも、使用人に鍵を渡せば済むのだが、アイナは必ず自分の手で停める。
こだわり、というほどではない。それでも人の手に任せる気にはならなかった。姉から譲り受けたこの愛車は、今は自分のものなのだから。
それに、祖父ヨハン=フォルゲインもこの車から始めて、魔動機へと至った。ならば、自分にも見えるものがあるはずだと思う。
アイナはそんなことを考えながら自室へと戻った。しかし、それはほんの数分。タンクトップにショートパンツの軽装になったアイナは、すぐにガレージへと引き返した。
電気をつけてから、入口に止めてある車を通り過ぎ、広い空間へと出ると、すぐに壁にかけてあった作業着を着こんでいく。
アイナにぴったりのサイズで、そしてかなり使い込まれた汚れが目立つ。
決して、一〇代の少女が着るに相応しい服とはいえない。だがアイナは気にも止めずに、綺麗な金髪を服の中に押し込んでいく。
それが終わると、軍手をはめてから、窓際に置かれた頑丈なステンレス製の机に向かう。
机の上には、大きめのランドセル、あるいは登山用のリュックのような形をしたものが置かれていた。
しかし、あくまでも形だけはでしかない。材質はどちらでもなく、金属の光沢を放っていた。
アイナはドライバーを手に、ランドセルで言えば背中に当たる側にあるネジを外していく。
まず肩ひもらしき部分――ここだけ皮でできている――を外す。それを脇に置いて、金属で出来た本体に取りかかる。
カバーとなっていた板はすぐに外れ、内部が露わになる。
そこには、『魔力加速装置(マナトロン)』と呼ばれる、大きめの金属で出来た円盤がいくつかと、それぞれを繋いでいる色とりどりの配線。そして、それらに囲まれるように、空間の中央には大きな丸いものがある。
『炉』と呼ばれるそれは、魔力を受け入れ、そして指向性を持たせるための装置――いわば、魔動機の心臓部である。
『炉』から展開する魔力は円盤で増幅され、発動する。
通常魔動機は魔力不足を補うことこそが主目的である。そのために、『炉』は――心臓部でこそあるが――可能な限り小さくし、『魔力加速装置』を大きく、多数配置するのが一般的だ。
しかし、この魔動機はコンセプトが真逆を向いている。
それは、魔力不足に悩む魔法使い達のためではなく、膨大な魔力を扱いきれない、未熟な原石のためのようなものだった。
「さて、今日もやりますか」
アイナは一声呟き、慎重に『炉』を取り出してから、作業を始める。
脳裏にたった一つの誓いを、思い浮かべながら。
――彼の傷を、癒せる存在になろう。
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