第14話 踏み出す一歩

 アイナが決意を新たに、作業に取り掛かっていた同時刻、シェリエは、アメリカ本国へのレポートを書いていた。


「あー! もう面倒臭いったら!」


 流石に自室ではトンガリ帽子をかぶっていない。アイナほどではないが、サラリとした髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、時折キーを叩いていく。

 ミュート家はアメリカ随一の魔法使いの家系であり、他の魔法使いと比べても特に強い力を持つ者が多い。そのため、莫大な援助と、それと引き換えに監視を受けている。

 もっともそれは政府がミュート家を恐れているというよりは、他の魔法使い達と同じく、ただの保険でしかない。ただそのかけている額が大きいだけ、というのがシェリエの両親の意見ではあった。

 具体的には――シェリエにとっては――マジックスクールに通うための学費を援助してもらう代わりに、こうして月に一度、レポートを提出しなくてはならない。

 まずは学業成績。それから魔法についての考察や理解の深さ。島の様子。他国の魔法使いの状態。そして、その他特記事項。

 当然だが何の遊び心もないそのレポートを、シェリエは悪戦苦闘しながら埋めていく。

 学業成績は正直に書く。どの道、裏を取ろうと思えば取れるのだから、嘘をつく意味はない。

 魔法についての考察や理解の深さ。現在主流となっている粒子理論を中心に書いていく。シェリエはトップクラスでこそないが、理論についての理解が特別浅いわけではない。見る者が見れば、平凡と判断することを書き連ねていく。

 島の様子について。シェリエは何故この項目があるのかわからないが、つい先日場所を知った、日航機事故の現場について書いていく。

 そして、他国の魔法使いの状態。ここに、シェリエは日高翔のことを書いた。どちらかといえば興味を持たれる側であるために、それほど観察眼が鋭いとはいえない彼女にしては、細かく、熱心に書き込んでいく。

 眼を閉じなくても、頭に浮かぶ少年の姿。背が高いわけでもなく、見た目が特別いいわけでもない。それでも島で唯一の日本人であるために、それなりに目立つ。

 学校の成績は優秀の一言。ほぼすべての分野でトップクラスの成績を誇る。

 ただし、たった一つの欠点がある。

 それは、魔法を使えないという、他のすべてを帳消しにする欠点。恐らく、政府もそれは知っているだろう。

 しかしシェリエはそこに更に書き加えていく。これも、政府が知っているだろうと踏んで。

 翔には、自らの危機に際してだけ発動する防御の魔法があることを。その魔力は素様軸、自分の全力が、苦もなく防がれたことを、書き加えていく。

 それは翔の才能に対する少女の嫉妬と、羨望と――それから、ようやく追いかけるべき存在に出会えたという喜びが、させたこと。

 だから少女に罪はない。

 このレポートがきっかけで、何が起ころうとも、罪は――




 シェリエが無邪気に翔について入力している時、当の本人はベッドで横になっていた。

 瞼を閉じて、思い出す。

 シェリエが見せた、鮮烈な光景を。

 少女から溢れる、自分と同種の力を。

 それは、圧倒的な力だった。それを見た者は理解するだろう。

 何故、魔法使い達はかつて世界で最も自由だったか。

 何故、傲慢だったか。

 当然だ、と翔は一人呟いた。あれだけの力を、あれ以上の力を中世やもっと昔に持っていたとすれば――

 傲慢にもなるだろう。それだけの理由がある。

 そして、自分にもその力があるにも関わらず、何も出来ないことに歯痒さを覚える。


 ――もしもあの時、この力を使いこなせていたならば、あの事故を防げたかも知れないのに。


 それは時折、翔を苛む想像だった。シェリエに刺激されたせいか今はより強い焦燥感となって、翔を責め立てる。

 ぎりっ、と静かな部屋に小さな音が響いた。


「これだけの力があるのに……! 僕は!」


 呟きはいつしか強い響きを持っていた。


「どうして! 自分しか助けられなかったんだ!」


 うつ伏せになり、枕に顔を押しつけるように叫ぶ。慟哭にも似た嗚咽が漏れる。

 涙とともに想いを吐きだして、翔は再び顔を上げた。

 瞼を閉じずとも、浮かぶのは同じ姿。

 魔力を自在に操る、本物の魔女――本物の、魔法使いの姿。

 その時、ドアがノックされた。

 聞かれていたのかもしれない。わずかにそんなことを考えたが、翔は首を振って、はい、と返事をした。


「食事にするわよ」


 入ってきたカテリナに頷いてから、翔は言葉を紡ぐ。


「カテリナ姉さん、お願いがあるんだ」


 自らに、そしてすべてに対しての誓いの言葉を。

 カテリナが真剣な翔の瞳を見つめ返し、その言葉を待つ。


「明日から……いや、今日から空いている時間、僕に魔法の特訓をして下さい」


 少年から男の決意を聞いて、カテリナはただ強い笑みだけで返答した。

 少年が一歩、踏み出したことを、歓喜する。

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