第4話 天才
マジックスクールのカリキュラムの中でも、魔法技術は特に人気の授業である。理由は単純にして明快、その場の誰もが目指すもの、魔法の実践を試す授業だからだ。生徒達はそれぞれに支給された魔動機を持ち、教師の声に応じて、それぞれの方法で魔法を展開する。ほぼすべての生徒が魔法使いの末裔であるため、その発現方法は様々で、自然教師が教えるのはごく基本的なことだけとなる。
例えば、魔動機への魔力の注入方法。あるいは、バックファイアを防ぐための余剰魔力の確保。しかしそれらは魔法使いを名乗るのであれば、すでに身につけているものだ。人間が転ばないよう歩くように、筋を痛めないよう、ボールを投げるように。
今日の課題はつむじ風。杖の形、武骨な小型のエンジンのような魔動機に生徒一人一人が魔力を込め、風を起こしていく。
アイナ=フォルゲインも同じく、眼前の魔動機に魔力を込め、展開する。魔動機が発光し、次の瞬間には風が巻き起こる。少女の長い金髪が風に揺れた。
そのつむじ風は生徒の平均よりも僅かに大きかったが、アイナは特にその事実に感想を持たない。
中世から続くフォルゲイン家の末裔にしては弱い魔力と断じる者もいるだろう。実際にアイナの魔力は周囲に期待されているよりも小さい。それはアイナ自身、認めている自らの欠点だ。
しかし、それは欠陥ではない、とアイナは考える。
結局のところ、フォルゲイン家でも魔動機に頼らずに、伝説に語られる魔法を展開する術は既に失われている。魔力の多少など、現在の魔法使いには何の意味もない。どんなトップアスリートも、車には勝てない。つまりは、そういうことだ。
だからアイナの興味は魔法技術にはない。むしろその増幅器、魔動機にある。より強力で、より小さい魔動機を作ることができれば、それは彼女の魔法が強力になることを意味する。
それだけが――魔法使いが現代に生き残る道なのだ。
祖父の言葉を思い出しながら、アイナは視線を彼女へと向けた。
その瞳が映すのは、長いウェーブの黒髪の上にトンガリ帽子を乗せた、黒マントの少女。背はアイナよりもやや低く、愛嬌のあるラテン系の顔立ちには幼さが残っている。
しかし、その茶色の瞳は自信に満ちていた。
その身体からは覇気が溢れていた。
その周囲には生徒はおらず、魔動機もない。
何の変哲もない箒を手に、少女は高らかに叫ぶ。
「舞い踊る! 旋風!」
言葉に応えるように、つむじ風が舞う。アイナの起こした風よりも遥かに強く、遥かに制御されている。
天才、シェリエ=ミュートはただそこにある。
自らの力を誇るでもなく、当然として受け止めて。
現代に生き残る、本物の魔法使いはただそこにある。
(まあ、あんなのばっかりなら、魔動機は必要ないんだけどね)
誰にも聞こえないほど小さく呟いてから、アイナは校舎を振り返った。
カーテンの仕切られた教室が一瞬光り、すぐに静寂を取り戻す。
(もう一人の本物は、まだ眠ったまま、なのかしらね)
その呟きもやはり、つむじ風に紛れて消えた。
翔がようやくカテリナに解放されて教室へと戻ると、既に2時間連続であるはずの魔法技術の授業は終わり、昼休みとなっていた。
「遅かったわね」
ドアを開けるとすぐにアイナが声をかけてくる。少女は翔の隣の机に座って、ベーグルサンドを広げていた。
ただ、口はつけていない。
「待っていてくれたの?」
「一人で食べても味気ないしね」
翔の感謝を込めた言葉に、軽いウインクが返ってくる。翔は微笑んで席に着こうとして、
「わたしへは何の言葉もなし?」
氷点下のシェリエの声に動きを止めた。背中に嫌なものを感じて、ゆっくりと振り返ると――
フライドチキンの残骸が入った大きめのランチボックスを前に、少女が腕組みしていた。
「待ってないじゃん!」
「二分前まで待ってたの!」
「二分でそれ食べきったの?」
翔は五本分(推定)はある鳥の骨を指差して驚愕を露わにした。しかしシェリエは翔の抗議を無視して、腕組みする。
「罰として翔のランチをわたしにくれなさい!」
「何でっ?」
傍若無人な言葉に再び抗議の声をあげるが、シェリエはまたも無視。
「魔法を使うとお腹が空くのよ!」
「いや、常識だからそれ。今更そんなこと言われても」
翔がパタパタと手を振ると、シェリエは急にテンションを落ち着かせて、まあね、と苦笑した。
魔法を使うことは意識を集中して、魔力を操ることになる。それは走るように、あるいは勉強で頭を使った後のように、魔法使い達から体力を奪い取る。これは周知の事実であり、魔法使い達はそれに備えて体力を補給するために、たっぷりと食事を取ることが多い。
しかし今日、シェリエと翔は学校の購買で買ったランチである。ボリュームは十分あるが、多大な魔力を持つ少女には足りないらしい。
結局、溜息と共に根が優しい少年はこう告げる。
「じゃあ、ちょっとならわけてあげるよ」
「ありがと、翔!」
シェリエの顔が明るく輝くのを横目に、アイナはマイペースにベーグルサンドをもぐもぐとしていた。
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