第26話 魔法の翼
カテリナ=マクスウェルは朦朧とする意識をかろうじて繋ぎとめ、必死に車を走らせていた。
大した時間はたっていないはずだが、それでも長く感じる道のりを走り、ようやく慰霊碑が見えてきたとき、それに気づいた。
空中から落ちてくる、小さな白い光と、それを追いかけるように急降下する飛行機に。
その光は翔だと、すぐに気づいた。
光の中は見ようもないが、確信が沸き起こる。
たった一人の弟を、見間違えるはずがない。
「翔!」
あの日と同じような光景を前に、あの日から家族になった少年の名を叫ぶ。
どうか無事でいて、と。
アイナ=フォルゲインはそのどうしようもない光景を、真っ直ぐに見つめていた。
眼は逸らさない。逸らす意味がない。
彼女を彼女たらしめる、黒い魔女としての矜持が、アイナをしっかりと支える。
そしてそれ以上にアイナの胸に強く存在するのは、翔への信頼。
彼は自分の魔動機で一度飛んだ。
それが壊れてしまったのは本当に申し訳ないが、もともと翔の全力に耐えられるとは思っていなかった。
あれは、あくまでも翔に力の使い方を教えるもの。
魔法の可能性を、示すもの。
言ってみれば、自転車の補助輪でしかない。
だから、アイナは叫ぶ。光に閉じこもる少年に向けて。
「翔! 飛べるよ! あなたが心から願えば、きっと上手くいく! 飛行機だって助けられる!」
大切な幼馴染に、日高翔という、現代に甦った本物の魔法使いに、その声は届くと信じて。
「あなたは、魔法使いなんだから!」
ずっと胸にある、心からの願いを。
「飛んでいる姿を! わたしに見せて!」
シェリエ=ミュートは可能な限りの速度で翔と飛行機を追っていた。
それでも、先ほどまでにかなりの魔力を使ったためか、思うようにスピードが上がらない。
「このっ! もっと速くよ!」
悪態をつきながら、懸命に追いすがる彼女の眼前で、それは起きた。
日高翔の身体は、白い光に包まれた。
そして飛行機は、何も変わらず落下を続ける。
その事実に、シェリエは怒りすら覚えて、叫ぶ。
「翔! なんで閉じこもっているのよ! あなたの力は、そんなものじゃない!」
嫉妬と憧れと、それからほんの少しの別のものが、シェリエの口を動かしていた。
「あなたはわたしよりもずっと強い魔力を持つのに! どうして自分だけなのよ! また同じ痛みを味わうだけじゃない!」
もし翔に聞こえていたら、また怒られるだろうな、などと考える余裕もなく、シェリエは言葉を続ける。
「護るべきすべてを護ろうよ! それが魔法使いなのよ! 今それができるのは、翔だけなのよ!」
一番認めたくない言葉を、少年に向けて放つ。
「わたしじゃムリなの! だから出て来てよ! 助けてよ!」
何もかもを含んだ涙が一滴、シェリエの瞳から零れて空に消えた。
「翔――――――――!」
何もかもが嫌になった。
自分に出来ることはない。
そう思った。いや、そんなことすら考えていなかった。
現実のすべてから眼を逸らし、殻に閉じこもる。
結局僕は、本物の魔法使いにはなれないな。
そういった諦念で、自分を嘲笑う。
もう考えること自体をやめようとした時。
――声が、聞こえた。
自分を呼ぶ声が。
ただ身を案じる声。
信頼の声。
そして――助けを求める声が。
それらは白い光の殻を突き抜けて、翔の心に確かに響く。
口が勝手に紡いでいた、意味を持たない叫びが止まる。
瞳を開き、眼前の光景をしっかりと見据える。
――僕は、何をしている?
自分自身のふがいなさに、また得も言われぬ怒りがこみあげることを、翔ははっきりと自覚した。心の奥にある何かが、再び音を立てて爆ぜ、燃え上がる。
自分は落ちている。そして飛行機も落ちている。
――だけど、それがどうしたっていうんだ?
「僕には、それをひっくり返す力がある。あるはずなんだ」
声にだして、共に落ちる飛行機を睨みつけると、あの時の後悔がまた湧き上がる。
誰も護れず、自分一人が助かったという負い目。
どれほどの力が眠っていると期待されても、何の意味もないという、事実。
あの時の後悔は、今もある。きっと、一生なくなることはない。
「大馬鹿だな、僕は」
――それを、もう一度味わえと? 味わおうとしていたと?
自由落下の中、笑みが浮かんだ。
「やなこった、クソッたれ」
汚い言葉で自分を罵倒し、一度眼を閉じる。
翔を包み込んでいた白い光が、体内に吸い込まれるように消える。
魔力を再び収束し、自らを護るというものから、別の指向性へと切り替える。
一瞬、翔の落下が止まり、機体が翔へと接近する。
危険な衝撃波を、両手を突き出して白い光を放ち、受け止める。
そして、再び眼を開いた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
無意味ではない、確かな意志を込めた叫びと共に。
叫びに込められた意志は翔の中にある魔力を一瞬で引き出し、指向性をもって展開する。
その膨大な魔力は再び翔を一瞬包み、そしてすぐに一点に集中して輝く。
圧倒的な質量を両手で支える翔の背中にいまだある魔動機を中心に、魔力は、広がり、形をとる。
バサリ、と音を立てそうなほど力強く、輝く金色の翼が広がった。
それは天使や悪魔が持ち、お伽噺で描かれる。
誰もが一度は憧れる。
――大空を舞う、魔法の翼。
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