第20話 対峙
(……まずいわね)
ヴァネッサは心中で現状を端的に分析した。
相手がパニックを起こしている間に押し切りたかった。魔法は得体の知れない、対抗出来ない力であると思わせたかった。
だが、それはもう不可能だった。
カテリナは傷を負い、相手を撹乱する動きから離脱せざるを得なかった。今は黒い光が覆い隠してくれるが、その力も無限ではない。
持久戦は、魔法使いを不利にしかしない。
(やるしかない!)
一瞬で決断すると、ヴァネッサはまず確実に相手を葬るべく、2発発砲した。
一人が倒れる。しかし位置を特定され、ヴァネッサも肩に銃弾を受けた。
「はああああ!」
離脱したはずのカテリナが裂帛の気合とともに一際大きな刃を産み、一人の意識を無理矢理に断ち切る。
しかし、相手に近づきすぎた。
発砲こそ防げたものの、すぐ近くにいた男の蹴りをまともに受けて、カテリナが地面に叩きつけられる音が響く。
それでも、ヴァネッサはその隙を逃さない。
位置を特定されないように動いてから、また二発撃つ。カテリナを蹴り飛ばした男が頭から血を撒き散らして倒れた。
しかし、今度の代償は大きかった。
ヴァネッサは腹部に銃弾を受け、地面に倒れた。
意識が朦朧とし、魔力に指向性が与えられない。
つまりは、魔法が維持できなくなる。
黒い光は消え、世界の景色が、誰の目にも平等に戻る。
男たちは倒れるヴァネッサと、腕から血を滴らせるカテリナの姿をはっきりと見て、勝利を確信する視線を交わし合った。
「言っただろう。所詮は魔法など、武器の一つだ」
男の一人がそう言って、ヴァネッサの頭に向けて、発砲した。
ヴァイスは一人、バスに揺られていた。
近くの島まで小型ジェットで行き、そこからボートでマギス島では普段使われていない波止場に停泊させた。
それから何食わぬ顔でバスに乗り、目的の場所へと向かう。
空いているバスの中ほどに座り、さして乗り心地の良くない椅子に身体を預け、眼を閉じる。
かつて国際会議で知り合った、ヴァネッサ=フォルゲインは優秀な女性であり、魔法使いだった。高い倫理観と、個人的に日高翔とつながりのある彼女が邪魔をする動きを見せることは予想ができたし、動いている証拠もあった。
まともに戦っても勝つ自信はあるが、ヴァイスは無闇にリスクを負うつもりはなかった。
だから、罠にはめた。囮は古典的な手段だったが、効果はあった。
なにしろ苦労して手配したプロのすべてを、囮に使ったのだから。
これで自分の障害になるような人間はいない。唯一警戒すべきシェリエ=ミュートは味方になるかまではわからないが、まともに敵対も出来ないはずだ。
あとはただ、向かえばいい。
――日航機事故の墜落現場へ。
そこにいるはずの、少年を求めて。
マギス島南部。日航機事故墜落現場。
日高翔は今日もそこにいた。彼にとっては当たり前の習慣で、だからこそ、朝カテリナがいなかったことにひっかかりを覚えつつも、ここに来た。
ただいつもと違うのは、二人の少女が傍にいたことだった。
数週間前、ここで喧嘩じみたことをして以来、二人はこの場所にはついてこなかった。
しかし今日は何故かいる。
理由を聞いても、まともには答えてもらえなかった。
翔としても無理に聞き出したいほどでもなかったので、強くは聞かなかったが、何か違和感がある。
言葉では言い表せないチリチリと肌が粟立つような感覚。
それはすぐに確信に変った。
逆方向から来たバスから降りてきた、一人の男の姿を見て。
男は二〇代の中頃で、丁寧にそろえた金髪と、青い瞳が整った造作をより引き立てている。すらりとした長身に、三つ揃いのダークスーツが良く似合う。
およそ、悪い印象を受ける理由はどこにもなかった。
それでも、翔は警戒を強める。
ここに人が来ること。
そしてその視線が、自分を値踏みするように見ていることを、敏感に察知して。
「日高翔君、だね」
「はい」
近くまで歩いてきた男に、翔は固い声で返した。
ゆっくりと、そして突き刺すように、二人の視線が交錯する。
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