第19話 戦う魔法使い

 カテリナは朝のチャーター便で降り立ったヴァネッサと待ち合わせて、マギス島で唯一の空港近くにあるカフェで話し込んでいた。

 平日の昼間であるため、他に客はいない。それを幸いと、二人は互いの情報を交換していく。最も、ほとんどヴァネッサが喋っているだけだったが。

 カテリナはヴァネッサの説明を一通り聞き終えて、ソファー型の椅子に背中を預けると、長い脚を組んでリラックスした様子のまま、尋ねた。


「ヴァイスというのは、何者なの?」


 当然といえば当然の質問に、ヴァネッサは逆にテーブルに両肘をついて掌で頬を支えながら口を開いた。


「ヴァイス=ヒルクライム。オーストラリアの魔法使い。マジックスクール出身でもあります。魔力は並みだけれどもそれ以外ではおしなべて優秀な成績だったみたいですね」


 何度も資料に眼を通したのだろう。ヴァネッサの口からヴァイスの経歴が読み上げられていく。


「要するに、研究者タイプね。簡単に張り倒せそうだけど」


 カテリナの率直な感想に、ヴァネッサは苦笑した。その程度ならば、二人でこうして顔を合わせる意味がない。


「軍隊の経験もありますよ。わたしやあなたと同じ、戦える魔法使いです」


 ヴァネッサがカテリナの意見を否定し、追加情報を与えると、カテリナはふん、と鼻を鳴らして立ち上がった。


「なら、楽しめるわね」

「遊びじゃありませんよ」


 即座にヴァネッサが釘を刺す。

 それがスイッチであるかのように、二人の顔から笑みが消えた。


「わかっているわよ。大事な家族に、手出しはさせない」

「カテリナさんなら、協力してくれると思っていました」


 二人はシンプルに頷き合い、支払いを済ませて店を出る。外にはヴァネッサが用意した車が停めてあった。


「そろそろヴァイスの乗った専用機が着きます」

「飛行機って便利だけど、こうして時間が丸わかりなのは考えものね」


 ヴァネッサがキーを回すと、低く力強いエンジン音が室内にも届いた。

 素早くアクセルペダルを踏み、シフトレバーを入れながら、ヴァネッサが再び口を開く。


「機械も魔法も同じですよ。長所短所をあわせ持つ」

「そうね。結局は使い用ね」


 カテリナも頷いた。

 車はあっという間に速度を上げ、空港ゲートへと消えていった。




 小型の飛行機がマギス島の空港に着陸した。すぐにタラップがつけられ、六人の似たような、がっしりとした体格の男たちが降りてくる。ヴァネッサが手に入れた情報通りだった。


「行きましょう」

「ええ」


 小さな空港のため、飛行機を降りると駐車場まで真っ直ぐ行くことができる。パスポートコントロールも税関もない。そもそも公式にはこの島は存在しないのだから、そんなものはないのが当たり前であった。

手荷物一つ持たずに歩きだした男たちの進路を遮るように、ヴァネッサが車を横滑りさせて急停車する。

突然現れた暴走車にも男たちは慌てずに、それぞれが少しずつ距離を置いて、懐に手を入れながらフルスモークの車を睨みつける。

男たちに近い方――つまり助手席側――のドアがガチャリと開いた瞬間、男たちは躊躇なく取り出した拳銃を発砲した。

静かなはずの空港に、銃声が響く。

だが、ドアからは誰も出てこない。

男たちが視線を交わし合う一瞬の隙。それを狙い澄ましたかのように、ボンネットのあたりから弾丸が放たれた。

タイミングは完璧だったが、弾丸は男の一人の肩を掠めるにとどまった。

視線を受けて満足するかのように不敵な笑みを浮かべ、弾丸の主、ヴァネッサ=フォルゲインは立ち上がった。カテリナ=マクスウェルも同じ位置に立つ。


「ヴァイス! ここで引きなさい! 今ならまだ……?」


 まずは説得を試みようとするヴァネッサは怒鳴り声を上げるが、途中で眉をひそめた。

 もう一度ゆっくりと、六人の男たちの顔を見回していく。


「……いない」


 舌打ちとともにそう漏らしたヴァネッサは、悔しげに現状を分析する。


「やられたわ。カテリナさん、こいつらは囮です」


 その言葉にカテリナは忌々しげにチッ、と音を出して舌打ちした。


「珍しいこともあるものね。あなたが読まれるなんて」

「……すいません」


 ヴァネッサはカテリナにそう謝罪したものの、眼は6人の男たちをくまなく見ていた。

 カテリナも同じように視線を巡らせる。

 それはさながら、狩りに出向く狼のように。


「これで楽しむ余裕はなくなったわけね」

「そういうことですね」


 二人は後部座席に置いてあった細い箱状の魔動機を左手首に巻きつけた。不格好ではあるが、それが彼女達の戦闘準備に他ならない。

 魔動機がそれぞれ紫と黒の光を放つ。


「いくわよ!」

「言われなくても!」


 二人はそれぞれ左右に別れ、盾にしていた車の陰から飛び出した。

 男たちも素早く照準を合わせて、引き金を引く。ヴァネッサとカテリナに三発ずつ。

 銃声が連続して響いた。しかしそれは、ヴァネッサの予想の内。

 既に発動していた魔動機が、銃を無意味にする。

 銃弾は正確に二人を貫いたにも関わらず、鮮血は舞わず、動きも止まらない。

 そこで六人は、ようやく気づく。

 光ともわからぬ、黒い光が視界をぼんやりと薄暗く染めていることに。

 シュヴァルツヴァルトの、黒い光が。


「シュヴァルツヴァルトは黒い森。夜より暗く。闇より深く」


 気がつけば、ヴァネッサの姿は見えず、声だけが響く。


「迷いこめば、二度と出られない」

「魔女め!」


 軽蔑を含んだヴァネッサの声から当たりをつけて、一人が発砲した。しかし、状況は変わるはずもない。

 逆に何もない場所から銃弾が届き、一人が衝撃に身をのけぞらせる。

 しかし防弾チョッキを着ているのか、倒れはしない。


「そこだ!」


 懸命に声を張り上げた男に応えるように、残りの五人が少しずつ的を散らして発砲する。

 それでも、状況は変わらない。

 男たちにわずかに恐怖の表情が浮かぶ。


「後悔しなさい。悪い魔女を、怒らせたことを」


 絶望に染め上げる、魔女の声。そこにさらに、魔法という暴力は襲いかかる。

 牙を剥く、紫の光という形となって。




 初めに煌めいたのは、光だった。自然界にはまず有り得ないと言っていい、紫色の光。一瞬瞬き、そしてすぐに消えたそれは、音や残像や、そういった残滓をひとかけらも残さなかった。

 ただ、光を浴びた男が呻きを上げる。外傷こそないが、その顔色は白くなっていた。

 まるで、生気を吸い取られたかのように。

 再び、紫の光が煌めく。神経を集中すれば、それが刃の軌跡を描いていることがわかる。

 男が銃身で受けようとするが、光の刃はそれを素通りし、男の手首から魔法を伝達する。

 魔力を殺す、破邪の力。

 それは何も魔法使いにのみ有効なわけではない。

 効果こそ弱くなるが、一般人の精神を弱らせることもできる。

 黒い光に視界を遮られ、紫の光に戦意を奪われる。

 ――普通なら、一般人に対抗する手段はないはずだった。

 そう、それらがすべて、本物の魔法使いが操るものならば。

 しかし現実は違う。

 現実は、魔法使い達に充分な魔力を与えない。魔動機の補助があっても、身につけられるような小型の魔動機では、これが限界だ。

 すなわち、シュヴァルツヴァルトの黒い光は網膜を焼き切らず、視界を遮るのみ。

 破邪の刃は、一撃必倒の剣ではなく、あくまでもただ、相手にダメージを与えるにすぎない。


「惑わされるな! それはただの武器にすぎん!」


 最も冷静を保っていた男が叫んだ。

 そして、煌めきの根元へと発砲する。

 ――鮮血が、何もないはずの空間に舞った。

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