第5話 失敗の価値 2

 ギルの言い訳を聞きながら僕は寝起きの頭を覚醒させる。思考がまだ上手くまとまらないがそのままギルに問いかける。


 なら、ギルは役に立たないって事?


「ソンナコトナイヨ☆」


 そんなことある。

 一日寝たらある程度昨日の失敗の事を忘れてしまっており、胸が痛むこともない。だが僕が困っていたのにギルが出て来なかった事ははっきり覚えている。

 役立たず……。

 半ば八つ当たりで良くないなと思ったが、首を振って考えを改める。

 初めてギルの存在を認識してから一ヶ月ほど経つが、何回かのやりとりでギルにはうそが通用しない事が分かったのだ。

 ギルは僕の心の中が分かる。だから怒ったふりしてからかっても本当は全然怒ってない事とか、笑ってるふりして実は怒っている事とか、全て筒抜けなのだ。


「君は素直なんだか、天邪鬼あまのじゃくなんだか……、

本当に面白いよね☆」


 また心の中で思っている事がバレた。

 やれやれ。

 まあ、それも大分慣れてきたからどうでも良いのだが。


 なんだかんだ言って光はギルとのやりとりを気に入っていた。楽しいからだ。光はこれまでの父親との関係によって傷つくことに対してはかなり敏感になってしまっており、子供のちょっとしたイタズラ程度なら全然大丈夫なのだが大人の言動ともなるとちょっとした事でも嫌悪感に襲われ拒絶してしまうのだった。

 ギルが光の心の中が分かるように、光もギルの心の中が何となくだが分かる。ギルには全く悪意が無かったのだ。この一ヶ月でギルとのやりとりはまだ十数回程度だったが、少年の心を安心させるには十分な活躍をギルはしていた。ギルの活動内容としては特別な助言をする訳でもなくただただ光の気持ちに同意しているだけ。客観的にはそれだけの事だが、光にはたったそれだけの事がとても大事だった。だから、ギルの事を気に入らないはずは無かったのだ。



 で、ギルは今日も僕の事を助けに来たんだよね?


「そうだよ。君がかなり凹んでたから助言者としては当然だね☆」


 僕はその言葉に何度か救われたが、今日も同じく心が落ち着いて安心していくのが分かる。本来親がその仕事をしなくてはいけないのだが、僕の場合は違った。親に上手く自分の気持ちを伝えられないのだ。もちろん伝えたい事は沢山ある。自分の事をもっと理解って欲しい欲求もある。

 しかし、言葉にすることが苦手だった為上手く伝えられない。

 例えば学校に行きたくない理由を問われても、

「行きたくないから」

の一言で片付けてしまう為、親からしたら理解出来るはずもないだろう。

 でも、ギルの場合は違った。


「そうだね! 昨日はいっぱい頑張ったから今日はいっぱい遊びたいよね! 学校休んじゃえ☆」


 こんな感じで僕の望む答えが返ってくるのだ。

困っている時に助けようとしてくれるギルがいる。それだけで嬉しくなってしまう。


 ありがと。

 心の中で感謝を伝えた後、今度から失敗しない為にはどうしたらいいかギルに問いかける。


「そうだね。だれかとお話する時にちょっとだけ考えてみたらどうかな? 心の中で想った事と今言おうとしてる事は同じ事なのかなぁ? って☆」


 ちょっと考えてからなら失敗しないかな?


「うん。きっと上手くいくよ☆」


 ばーか。って想ってちょっと考えて、ばーかって言っても大丈夫?


「ソレハダメダヨ☆」


 うーそ。冗談w

 本当にありがと!なんか頑張れる気がしてきたよ!


「そうだね!君なら大丈夫☆」


 僕は例の呪文を唱えてギルと別れた。

 その後、朝食を食べて学校へ向かったのだが……。

 その途中で事件が起きた。


 僕が玄関を出るとそこには二人の女の子が立っていた。二人は幼馴染みで登校の際に、毎朝家まで迎えに来てくれるのだ。その為、学校へはいつも三人で登校していた。

 僕の家から十メートル程離れた場所にある、八百屋の詩織しおりちゃんと、その裏にある喫茶店のひなちゃん。

 二人とも同級生で同じクラスだ。詩織の髪型はショートカット、いつもプリント物のTシャツにキュロットを履いている。頬がほんのり赤みがかってリンゴっぽい為、クラスの女子からはリンゴの愛称で呼ばれている。最初はしおりンゴと呼ばれていたらしいが、本人から『塩リンゴみたいで可愛くないから嫌』との要望があり今はリンゴで落ち着いている。

 雛の髪型はロングヘアー、ワンピースが好きみたいでいつもフリフリのワンピースをなびかせている。お姫様っぽい格好からピナの愛称で呼ばれていた。プリンセス雛、PRINCESSの【P】とひなの【な】を組み合わせてピナとの事らしい。

 この二人はとても仲が良く何をする時も常に一緒だった。

 僕はこの幼馴染みの女子二人を引き連れて、何気ない会話をしながら毎朝登校しているのである。もちろん下校の時も同じメンバーだ。

 クラスの男子からはよく『羨ましい』と言われるのだが、僕にとっては普通の事で何が羨ましいのかさっぱりだった。


 この日も普段通り三人で登校していたのだが、学校の校門から二百メートル程手前にある横断歩道を渡っている時に詩織と雛が声を揃えて突然こんな事を言い出した。


「光君は詩織と雛どっちのほうが好き?」


 すぐに返事をしようと思ったが、ギルとのやりとりを思い出し、心の中で想っている事と同じかどうか? 十秒程考えてから返事をした。


「どっちも好きー!」


 この答に詩織と雛は『納得出来ない!』と言わんばかりにほっぺたを風船のように膨らませた。


「どっちもはダメー!」


 またもや二人が声を揃えて答える。

 もうすぐ学校に着くというのに困った事になった。やれやれ。今日は長い一日になりそうだ。


 助けてぇ〜! ギルぅ〜!

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