第10話 失敗の価値 7
休み時間が終る。
五時間目の授業も終る。
そう。
物事には必ずいつか終りが来るものなのだ。
そして何かが終る時、また新しい何かが始まる。
火の鳥が生と死を循環するように。
太陽が光と影を繰り返すように。
今日という日の学校が終り、また新たな放課後が始まるのだった……。
「ひーかーるーくん♡」
天使のような声が響き渡り、僕の顔は青ざめていった。
詩織だ。
その可愛らしい声の主は屈託のない笑顔で僕の前に現れた。ショートカットの髪型をした天使だ。
隣にはロングヘアの天使が羽衣のようなフリフリの裾をなびかせている。
コマンド【にげる】
光は逃げようとした。だがしかし魔物に回り込まれてしまった。
魔物の攻撃。
ショートカットの天使は優しい声で光の脳に音波を放った!
「放課後になったよ! さぁ答えて! どっちが一番好き?」
光は脳に9999のダメージ!
光の脳は麻痺した……
どうやら可愛らしい声の主は天使ではなく魔物だったらしい。
やばい、やばい、やばい、
どうしよー! ギル!
「ガンバレー☆」
にょぉーーーーー! 心の中で意味の分からない叫び声を上げた僕の頭には絶体絶命の文字が浮かんでいた。 ギルのばかぁ〜……
ギルはいつも誤魔化す時にはカタコトになる。要するに今のこの現状はなんともならないってことだ。
考えろ、考えろ、考えろ!
詩織も雛も納得する方法!
「とっ、とりあえず帰りながらでも良い?」
二人に確認しながら通学路を歩き出す。
「うん」
詩織が答えると同時に雛が頷いた。
三人で長い街路樹に囲まれた道を静かにゆっくりと歩いて行く。
夕暮れの綺麗な風景の中、三人の周りだけ異質な空間が広がっているようだった。
長い沈黙が続き途方も無いような時間が過ぎたように感じたが、まだ校門からはニ十メートルほどしか遠ざかっていない。何か話をしなければこの異様な空気に押し潰されてしまいそうだった。
ふと空を見上げると真っ赤に染まっていく雲がまばらに散りばめられており、天国にいるような感覚に囚われた。なぜか気持ちが少し楽になり正直に自分の気持を話し出した。
「やっぱり二人とも好き……」
詩織に睨まれる。蛇に睨まれた蛙はさぞこんな気持ちなんだろう。やっぱり二人はダメなんだよね……。僕は歩くのを止め、すぅーっと大きく深呼吸をした。そして観念したように頷き、詩織と雛に向かってこう言った。
「詩織が一番好き」
途端に雛の瞳から大粒の涙が溢れ出る。
こうなる事は分かっていた。分かっていたがどうしようも無かった。回避不可のシナリオだったのだ。
雛が信じられないとでも言いたげな顔で話しかけてきた。
「ひっく、ひっ、光君、雛のこと可愛いって、ひっく。言ってたもん。ワンピースも可愛いって。お姫様みたいって」
声を絞り出してさらにこう続ける。
「だから、だから雛は、いつもワンピースで、だから光君のお姫様なのに……なんで一番じゃないの!?」
僕は黙って雛の話を聞いていた。
詩織も同じく黙っていた。バツの悪そうな顔をしている。内心ではホッとしたのもあるのかもしれない。どんな顔をすれば良いのか分からないようで、半分うつ向いている。
「なんで詩織が1番?☆」
ギル……?
ここでギルが放った言葉は会心の一撃だった。どうすれば良いのか分からず雛の話を聞いてはいたが、頭ではしっかり言葉として理解していなかったのだ。泣かしてしまった。そんな気持ちになり、半分以上申し訳ない感情に支配されていた。
だが、ギルの一言で、自分には質問に応える義務があり、ちゃんと返事をしないといけない。そう思えたのだ。
「ドッジボールが強いから……」
雛の顔を見ながらそうボソッと返事をした。
「えっ!?」
雛が詩織のほうに目線を向けながらビックリする。呆気に取られた顔からは少し赤くなった目が笑っているようにも感じた。
詩織も目を丸くしてこう続ける。
「ドッジボール???」
僕なんか不味いこと言った?
「大丈夫!全然大丈夫だよ!☆」
ギルは大丈夫だと言うが本当に大丈夫なのか?
不安な気持ちと少しの安心感に包まれてこの日は無事家まで辿り着いたのだった。
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