第45話 危険と機嫌と棄権 16

 こうして僕の延長戦が始まった。


 夜になり本来であれば帰るはずだった由良と一緒に花火をして楽しんだ。

 浴衣では無くお互いパジャマ姿だったが、そんな事よりも今ここに由良がいるという事が大事だった。

 その日は別々の部屋で寝たが、それでも一緒の家にいるってだけで嬉しかった。


 そして次の日には一緒に海へも行った。

 水着姿を恥ずかしがる由良も可愛かった。

 楽しかった。

 とても楽しかった。

 途中で日向が力斗の炭酸ジュースのペットボトルを振りまくってから渡す珍事件もあったが、それを含めて楽しかったんだ。

 勿論何も知らない力斗はガン泣きだった。それもそのはず、ペットボトルのキャップを開けた途端に半分以上が溢れてほとんど中身が残らなかったのだから……。


 今僕は車の中にいる。

 日向と由良を家に送り届け、そのまま僕も家に帰る為に……。

 タイムリミットだ。

 

「言わなくていいの?☆」


 うん。


「本当に?☆」


 うん。大丈夫……。


「楽しかったね☆」


 うん。

 ギルは僕の気持ちに気付いているだろう。

 だが由良が僕の事をどう思っているかは分からない。

 そして由良も僕の気持ちを知らないままお別れの時が来た。


 何回か言おうと思った。

 でも怖かった。

 拒絶されるかもしれない。

 そんな気持ちが大き過ぎて言えなかった。

 思えば自分からってのは今まで無かったなぁ……。

 聞かれれば答えるのは簡単だったのに。


 気付けば由良の家に着いてしまった。

 由良が車から降りて『またね』と手を振ってくれている。僕も手を振り返す。


光「またね! バイバイ!」


 同時に日向にも挨拶すると由良の母がお土産にジュースを持ってきた。

 グレープフルーツの炭酸ジュースだ。


 そして車が発進する。 

 僕のばか……。

 とは言ったものの、恐らく次に会うのは半年後だ。

 

 試合終了……。

 ロスタイムは無しだ。

 いなくなってからようやく理解する。

 まるで自分の半身を失ったような感覚。

 何度か好きな気持ちを伝えようと思ったのだが、周りがそんな雰囲気じゃなかった……というのは根性無しな僕のささやかな言い訳だ。

 恋は甘酸っぱいとよくいうが、グレープフルーツジュース口いっぱいに広がり苦くて酸っぱかった……。

 こうして僕の初恋は苦くて酸っぱいを心に刻み幕を閉じた。


 ちなみにギルが楽しみにしていた道中のお楽しみポイントだが、今回は由良の家経由の別ルートで帰ることになったので、それも半年後のお楽しみになってしまった。


 ギル。また来よう。


「うん。また来ようね☆」


 ギル……。


「なあに?☆」


 決めた!

 由良と結婚する。


「うん! がんばって!☆」


 その後無事家に辿り着き、疲れきった僕は深い闇へ落ちていった。



 帰ってきてから新学期が始まるまではあっという間だった。

 雛にお土産を買い忘れた僕は、月子ははに助けてを求めてなんとか事なきを得たりして、いたって平和だ。

 ただ、詩織と雛を見て二人を由良と比べてしまうことがあるので悩んでいたが、それもその内気にならなくなった。そもそも一学年上のお姉さんと比べる時点で間違いなのだ……。


 想いは思い出になり、また平凡な毎日が始まる。

 学校、昼寝、ゲーム、漫画で構築された完璧なローテーション。


 そんなある日、雛が『村橋君の事何か知ってる?』と僕に聞いてきた。

 僕は『あんまり知らないけどどうしたの?』と聞き返したが雛からは『別になんでもないよ。ごめんね』と……。

 以前詩織からも同じ名前が出て来た気がする。

 女の子の中で村橋フィーバーでも巻き起こっているのか?


 この時はまだ由良の事が気になっていた為、あまり気に留めなかったのだが、まさかあんな事になるなんて僕は思いもよらなかったのだった……。

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