第4話 失敗の価値 1
ここは学校の教室。
一番後ろの窓ぎわの席で一人の少年がニヤニヤと笑いながら座っていた。
少年の名前は立花
他の生徒はみな授業中ということで真剣そうに教科書を見ているが、少年は一人違う事に
今年小学三年生になり色々な個性が現れることで授業態度にバラ付きが出てくる頃でもある。特に光の場合は特別個性が強いようで、他の生徒たちが頑張って授業を受けている中、頭の中は家に帰ってから遊ぶ予定のゲームの事でいっぱいだった。
そんな光の好きな教科は算数と理科、嫌いな教科は国語と社会。そして一番好きな教科は体育だ。体力測定は中の上ぐらいで持久力は無い。だが、そこは別の種目でカバー出来る為、運動に関してはクラスの中でも上位だった。ちなみにテストの点数は四教科全て満点の四百点……。
ではなく、平均三百点ぐらいだ。
光曰く、
「算数と理解は好きだから余裕! 社会は答えがそのままテスト用紙に書いてあるようなものだから嫌いだけど余裕。国語の漢字が苦手なんだよなぁ。
読めるけど書けない。
書けないけど読める。
平仮名でも意味が分かればいいじゃないか? 誰だ漢字なんて面倒くさい物考え出したやつは。別に漢字の大切さを知らないわけでは無いが心の中の本音はやっぱり【漢字面倒くさい】だ。
分かるよ〜。
どうせ平仮名だけで、
『ここではきものをぬいでください』
とか書かれて、どこで区切るかで意味が分からず困るだろ? って言われるやつ。
『ここでは
と、
『ここで
では全く意味が変わってくる。
だ〜か〜ら〜〜、漢字は必要なんだよぉ〜。ってそんな事小学生でも知ってる。でも苦手な物は苦手。しょうがない。全部の教科が算数になれば良いのに」
との事らしい。
とにかく
少年は今大好きな算数の授業中だった。
先生が教台に立ち、長さの単位について説明している。僕の小学校では担任が全ての教科を受け持つ為、子供達にとって先生のアタリ、ハズレは死活問題になる。よほどの事が無い限りハズレの先生と一年間の付き合いになるからだ。
そして僕の担任はというと、黒髪セミロングの似合う三十代後半の女性で、いつも柔らかい色の服を着ている。優しい性格と、授業内容がそれなりに面白い事もあって生徒達からは人気も高く、親しみを込めて若ちゃん先生と呼ばれていた。本名は若林千佳子。はっきり言ってアタリの先生だ。子供はみな好きな人の言う事には素直に従いやすい。若ちゃん先生の力があるからこそクラスのみんなが真面目に授業を受けられているのが伺える。
ただ一人を除いて……だが。
僕も若ちゃん先生の事は気に入っている。だが、今はゲームの事で頭がいっぱいだ。授業どころではない。開始十分後にして絶賛サボっている真っ最中。しかも好きな教科である算数の授業中にだ。
なぜ好きな教科の授業なのにサボっているのか? 理由は簡単。つまらないからだ。とにかくつまらない。昨日の授業で習った所の復習は興味が湧かず、むしろ、なぜ何回も同じ事をさせられるのかが理解出来ない。
「ミリとかセンチとかキロとかさぁ〜。何回同じ事勉強するんだろう?メガフレア!とか、ギガフレア!なら何回見ても飽きないんだけどなぁ」
こんな感じで、ゲームに出てくる魔法の事を考えたり、好きな漫画の事を考えたりしていつも時間を潰している。
実は授業中にサボりがてら教科書を一通り読破してしまっているから、教科書をなぞる授業は苦痛でしかない。出来るなら新しい事をやりたい。だから授業の大半の時間は遊んでるか寝ている。
だが、若ちゃん先生が問題を出してくる時はなるべく挙手をして発表するようにはしている。
『ちゃんと授業聞いてますよー』アピールをしておかないとサボってるのバレちゃうからね……。
若ちゃん先生は生徒達がなるべく理解し易いように気を付けながら淡々と授業を続けていたが、僕の頭の中まで声は届かず、しばらくすると僕は寝てしまった。
ふと目を覚まし、気が付くといつの間にか授業の後半辺りだった。
睡眠学習成功w
そんな事を思っていると、
「じゃあみんな、この問題分かる?分かったら挙手をして発表してくださいね」
若ちゃん先生の声が僕の耳を通過して寝起きの脳へと伝わってくる。ふと黒板に目を向けると簡単そうな問題が書かれていた。
(早く帰ってゲームしたいなあ)
心の中でそんな事を思いながら問題を読んでいるとすぐに答えが分かった。
「はい!」
すかさず僕は右手と声でアピールする。
「じゃあ立花さん。答えてみて」
先生がそう言い終わると同時に僕はその場で立ち上がりこう言った。
「早く帰りたいです」
しばらくの間教室が沈黙する。
待って。
僕は今何を言った?
帰る?
帰りたいと言ったのか?
違う。答えは『二百四十ミリメートル』だ……
『かえりたい』ではない。
やり直したい。
今の発言を無しにして欲しい。
先生の顔が暗く落ち込んでいくのが分かる。
もう手遅れだ。
「光さん。そんなに先生の授業が嫌だった?」
若ちゃん先生にそう問われて僕は『違う』と言いたかった。言いたかったのだが言葉にはならなかった。かわりに目から熱いものが零れ落ちた。
「ごめんなさい」
泣きながらそう答えた。
確かに心の中ので帰りたいとは思っていたが、声に出すつもりはなかった。失敗した。そんな気持ちが心を支配して何も考えられなくなりそのまま僕は着席した。若ちゃん先生が何か言っているが良く分からない。僕は無言のまま教室を出て保健室へ逃げ込んだ。
その後の事は覚えていない。
その日の夜僕は学校で失敗した事を思い出し、ベッドの上で仰向けになりまた泣いた。そのまま泣きながら寝た。
次の日の朝。
「おーきーて! あーさーだーよーー!!☆」
ギルだ。
「昨日は大変だったね☆」
大変だったね☆じゃない!
困った時には勝手に出てくるんじゃないのかよ?
それで助けてくれるのが助言者じゃないのか?
「それなんだけどぉ……実は君の心が一つの感情に支配されてると出て来れないんだよ☆」
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