第47話 危険と機嫌と棄権 18

 そんな想いも言葉に出来なければ意味が無い。

 結局クラスメイト全員一致で村橋君の家に行く事が決定した。

 勿論反対なんかした日には全員から総攻撃を喰らうことになる。

 こんなの多数決とは言わないだろ?

 出来レースだ……。

 恐らく今日みんなが家に来ることは若ちゃん先生から連絡してあるのだろう。

 もしかしたらその逆で村橋君の親から先生へ『助けて欲しい』と連絡があったのかもしれない。


 親になったことのない僕には理解出来ないが、自分の子供が学校を休み続けたら普通は心配するんだろう。


 気付けば村橋君の家に辿り着いたらしく、若ちゃん先生がインターホンを鳴らしていた。


 すぐに村橋君の母親が玄関へ出てきて先生に挨拶をすると一度家の中に入っていく。再度玄関に戻ってきて先生となにやら話をしている。

 すると若ちゃん先生が残念そうな顔でみんなに『村橋君はちょっと体調が悪くて顔を出せないらしいの』と説明した。


 僕の嫌な予感は良く当たる。

 今回も大当たりっぽい。

 学校に来られないのにこんなに大勢で家に来られたらストレスでしかないだろう……。

 ギル!


「村橋君だね? 任せて☆」


 名前を呼んだ瞬間にギルが動いてくれた。

 村橋君の本音を確認するのだ。

 エンカウント事件でギルの実力は実証済み。

 僕を中心に半径十メートル以内にいる人間なら心を読み取れるはず。

 更に保険を掛けて思考加速ザ・ワールドを展開する。

 これも前に一度実験済みだ。

 思考加速ザ・ワールド中の僕の体は現実時間通りにしか動けないが、ギルは別だ。

 ギルは加速した僕の時間感覚の中で動ける為、少しの時間でもかなりの行動が出来る。


 先生達がどうするか打ち合わせしている間にギルが戻ってきた。


「やばいよ、やばいよ!☆」


 ギル。おふざけは無しだ。


「本当にヤバいんだって☆」


 どんな感じ? 僕より酷い?


「うん。もう真っ暗! 灰色の世界じゃなくて暗黒の世界!!」


 マジか……。

 打つ手なしじゃんか………。

 原因は??


「みんなの想いがダメみたい。勉強が出来て凄いね! とか、運動が出来て凄いね! とか、そういうのが全部ダメ!☆」


 ちょっと待て。褒められるのがダメってどういう事だ?


「だーかーらー! 勉強を出来るのが当たり前な自分を作る為に無理し過ぎたの!! 他にもいっぱい!!☆」


 なるほど。確かに僕も学校の顔と家の顔は別々だ。

 しかしそれが原因ならこの状況は最悪だな……。

 みんなが応援すると真っ暗闇へさようならってか?

 今村橋君に対して『頑張れ』は禁句だ……。

 みんなを止めないと大変な事になる!


「どうしよう〜……。何にも良い案が浮かばないよ☆」


 僕は宿題を忘れてしまう自分が嫌で灰色の世界を見てきた。

 ギルやお嫁さん達のお陰で今は大丈夫になったんだが……。

 自己嫌悪じこけんおが原因で暗黒に……応援の為に自分を作るのが嫌だとすると……。

 ギル! 応援の反対ってなんだ?


「応援の反対ぃ〜? 難しい事言うなぁ……☆」


 なんでも良いから早く!


「悪口とか? んーと、あとは野次を飛ばす?」


 はぁ!? 悪口って……!?


 そんなの無理!

 何か村橋君の心の中に響くことが無いとダメなんだよぉ!


「そんな事言っても……☆」


 中途半端な事じゃあ絶対にダメだ!

 まるで自分の事のように考える僕の思考はフル回転していた。

 そして限界を迎えようとした瞬間、糸が途切れるかのように僕の中で何かが音を立てた。

 眼の前が真っ白になり、銀髪の長い髪の毛をなびかせた少年が微かに視えた気がした。

 思考が完全に麻痺して何も考えられない。


 気付けば僕は玄関先にいた。


光「村橋! てめぇーいい加減にしろよ! 学校なんか別に無理して来なくていいんだよ! 自分のやりたい事やれよ! 分かったか!」


 そして叫んでいた。

 どうやら僕は叫んだらしい。

 何を叫んだのか自分で分かっていない。


「やっちゃったね……☆」


 クラスのみんなが唖然としている。

 村橋君の母親はこっちを見て『なんてこと言ってくれたのこの子は』って感じだ。


 思考が戻ってきた途端にみんなの視線が痛い。


 ギル……。

 やっちまったみたいだ……。

 しかも何を言ったかなんとなくしか分からない。

 僕は何を言った?


「無理して学校へ来なくても大丈夫。自分のやりたいことからやってみたら? って☆」


 大分オブラートに包んだな……。

 絶対そんな言い方じゃなかったはずだ。

 でも、それに近い事を叫んだんだな? 僕は……。


「うん☆」


 村橋君には伝わったのか?


「ちょっと待ってて☆」


 ……。

 ……。


「おまたせ! 大丈夫! ちょっとだけ伝わったと思うよ! 暗黒に少しだけ光が差した感じだった☆」


 良かった……。

 もう思い残すことは無い。

 結果はどうであれ、やれるだけの事はやったと思いたかった。

 しばらくはクラスのみんなから白い目で見られるだろうな……。

 結局僕みたいな普通じゃない子供は普通の中では生きていけないのかもしれない。

 異端児認定されても仕方ない。

 でも今回は僕じゃないと分からない事だった。

 期待が形を変え自分に襲いかかってくる怖さ……。

 世界が姿を変え襲いかかってくる……。

 しかも灰色の世界よりももっと暗い世界……。

 本当に気分が悪くなり息が出来なくなる感覚。

 やはり僕にしか分かってあげられないのじゃないだろうか?

 僕に必要だったのは許してくれる事。

 ギルみたいに簡単に『学校休んじゃえ☆』って言ってもらえる誰か……。

 でも、本当にこれで合っていたのか?

 自問自答していると、若ちゃん先生が仕切り直してみんなで『村橋君! 元気になったら学校へ来てね!』と外から声をかけてその場をあとにした。

 僕は心の中でもう一度、『気持ち次第で世界は変わる。元気になってから来いよ』と呟いた。

 

 その日の夜は頭が痛くて大変だった。

 次の日も頭痛がおさまらず、僕は学校を休んだ。

 月子ははには『ゲームのやり過ぎじゃないの?』と言われたが、多分原因は能力の使い過ぎだろう。

 必死になり過ぎて、思考加速ザ・ワールドをかなり長い時間使ってしまったのだ。

 更にギルが教えてくれたのだが、僕が叫んだ時に実はまだ使えないはずの能力を使っていたとの事だった。

 本来であれば使えないはずなのだが、限界を超えて無理やり発動させたらしい。

 能力の名前は人格模倣ドラゴンインストール。ちなみにドラゴンは関係無いが格好良いからそう名付けた。勿論僕の好きなゲームの必殺技の名前だ。

 誰かの人格をインストールしてその人になりきる事が出来るらしい。

 あの時はどうやら父親ラスボスをインストールして叫んだのだろう。

 普段なら僕が使わないような言葉遣いだったのもそれのせいだとギルに言われ納得した……。

 使用条件として僕がインストールしたい人の事をよく知らないとダメなのだとか。

 まあ父親ラスボスなら嫌と言う程怒られており、その辺に関しては知り尽くしているから大丈夫だったのだろう。

 更にもう一つ併用して使った能力があるのだが……、それらの副作用でとにかく酷い頭痛だった。

 結局二日間ほぼ寝っぱなしでなんとか回復してきた。

 あれから三日……。

 僕は学校へ行ったが村橋君は学校へ来ていなかった。

 そしてやはり僕には『あいつはやばい』とレッテルが貼られていた。

 そりゃあそうだろ。

 みんなで応援しに来たのに、あんな事叫んだんだからなぁ……。

 でも後悔はしていない。

 一度決めたら死んでもやり通す!

 それが男ってものだ!

 と、格好良く言い訳してみたが、流石にこれは気まずいなぁ……。


 みんなこっち見てるし……。

 あ、なんかお腹痛くなってきた……。

 久しぶりに保健室に逃げ込もうかな……。


「病み上がりだから保健室行っても誰も文句言わないと思うよ☆」


 ギルもあぁやって言ってくれてることだし、まぁいっか!


 今日は棄権しよう……。

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