第52話 if…… 5

 あれからしばらくの間は格闘ゲームの特訓が続いたが、我慢をマスター出来ない僕は伸び悩んでいた……。

 相手の油断を誘う為にという行為自体に抵抗があり、なかなか上手く我慢できないのだ。もしもケンがいなければこんなに特訓する事も無かっただろう。

 互角に戦える相手がいたからこそ退屈はしなかった。

 

 今まで敵といえば父親ラスボスぐらいしかいなかったのだが、ケンがここまで僕に影響を与えて来るとは思ってもいなかったから驚きだ。

 まぁ、僕のせいでケンがワイルドになってしまったのもある為、お互い様なのだが……。


 最近は遊び以外で退屈する事が増えていて、少し困っている。

 なんとなくだが、やる気が出ない。

 何が原因かさっぱり分からないが、興味が持てない事が多すぎる……。


 そんな時に突然、月子ははからスイミングスクールに行かないか? と言われた。僕は『うーん……、面倒臭い』と断ったのだが……、何故か今そのスイミングスクールに来ている。

 月子ははの口車に騙されたのだ。

 実は前からすでに優理と力斗はスイミングスクールへ通っており、『優理でも楽しんでるのに勿体ないなぁ。光には無理なのかなぁ? あんなに楽しそうなのに本当勿体ない……』なんて月子ははに言われて反射的に『やる!』と言ってしまったのだ。

 あんな言われ方されたら僕じゃなくてもやると言い出すだろう。

 流石は月子つきこ……遊びのプロだ。


 ちなみに僕は泳ぎに関しては困っていなかった。

 五歳の時にすでにクロールで二十五メートル泳ぐことが出来たからだ。息継ぎなんかも完璧だ。

 当時通っていた幼稚園でそこまで泳げたのは僕と違うクラスの男の子の二人だけだった。

 これは月子ははのおかげだろう。

 二歳の時から夏になると僕は月子ははに近所の公園のプールまで連れられて遊んでいたのだ。

 それもほぼ毎日……。

 流石に小学生になってからは体が大きくなってしまった為、あまり公園のプールには行かなくなってしまったのだが……。

 小さな頃から水に馴れていたから、水の中に潜り息を止めるのとかは遊びと同じだ。なんならお風呂でも潜ったりする。そんな僕は泳ぎに対してもなんら抵抗無く覚える事が出来たのだ。


 だからプールは大好きだったが、スイミングに対しては全く興味が持てなかった……スクールって学校って意味だろ? 未だに学校はあまり好きじゃない。スクールというその名が勝手なイメージを沸き立たせるのだ。これは僕の悪い癖、食わず嫌いと一緒だ。

 だが実際に来てみると以外に楽しめた。


 と歌ってはいるがやってる事はいくつかのレーンに分けられた二十五メートルプールで子供達が順番に泳ぐだけだ。

 今は初心者クラスの為十メートル程しか泳がせて貰えない。プールの入口から奥へ行く程、上のクラスのレーンになるが、今は入口の目の前のレーンで泳いでいる。

 月一回の検定を受けて合格すると上のクラスになれる。

 さっさと検定をクリアして上のクラスにならなければ二十五メートルプールを堪能することは出来ない。

 また一つ目標が出来た。


 そしてスイミングスクール初日は不完全燃焼で終わった。

 もし不完全燃焼じゃなく、満足していたら検定を受ける気を無くしていたかもしれない。

 やはり僕の一番の優先順位は楽しければ良いなのだ。

 楽しむ為には早く上のクラスにならなければいけない。

 まあ僕なら余裕だろ……次の検定までしばらくはのんびりだな……。


 その後何ヶ月かスイミングスクールへ行って分かった事がある。

 今、まさに自分の部屋で実感している事……それは格闘ゲームが少しだけ上手くなったのだ。

 別にスイミングスクールで遊んでいたという訳では無いし、最近は格闘ゲームの特訓もしていない。

 自分でもよく分からないが、何かこう我慢が出来るようになってきたのだ。不思議に思いギルに聞いてみる。


 ギル。僕はなんでゲーム上手くなったんだろ?


「プールで順番待ちとかしてるから我慢出来るようになってきたんじゃない?☆」


 プールの順番待ちかぁ。

 確かに順番待ちでは我慢している。

 そして本当はガッツリ泳ぎたいのだが、それも我慢だ。

 楽しんでいるつもりで実は我慢出来ていたのだ。

 なるほど。スイミングスクールで自分の順番までという行為が良かったのか……。


「あとは運動が良い刺激になってるのもあるかもね☆」


 ギルが言うには運動は脳に刺激を与える。それによって頭の回転も早くなるとの事だった。

 最近はクラスが上がって平泳ぎを覚えているのだがクロールと違いなかなか前に進まない。そして使う筋肉が違うのか泳ぎ終わるとどっと疲れる……。きっと普段使っていない筋肉を使っているのだろう。 

 運動が脳に刺激を与える、そして普段使わない筋肉を動かすのは特に良い刺激になっているとのことらしい。

 そういえばテレビでボケ防止に手遊びをすると良いと言っているのを見たことがある……そこまで考えて僕はハッとなる。

 重大な事に気付いてしまったかもしれない。


 ゲームはボケ老人を救う!


「うーん。案外本当にボケ防止にはいいかもね☆」


 やっぱりそうか。

 ボケ防止とは……思ってもいないところで副産物が得られた。

 ゲームに大義名分が出来た事に僕は嬉しくなり飛び跳ねるように喜んだ。

 遂に僕の好きなゲームが大人達に理解される時が来たのだ。 

 さっそく月子ははに報告しよう。

 

 僕は月子ははの元へ走っていき、ワクワクしながらゲームの有用性を伝えた。

 ゲームをすればボケない(はず)。

 なんの確証もないまま自分の考えを説明したが、月子ははは面白そうに聞いてくれた。

 僕は自分の意見を聞いてくれて満足していたが、最後に月子ははが教えてくれた。

 ゲームに馴れていない人からすると、ゲームをするのが大変なのだと言われたのだ。


 正直僕にはまだそれが理解出来なかった。

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