第53話 if…… 6

 子供にとって当たり前の事……。

 子供が出来ることは大人も出来て当たり前……。

 僕の思考回路はこんな感じだ。

 やはり理解出来ない。


 ギル? なんで大人なのにゲームが出来ないんだろう?


「大人だからだよ☆」


 それは僕の望む答えではなかった。


 だーかーらー! なんでなの?


「そうだね〜……例えばさぁ、君は泳げるよね?☆」


 うん。


「じゃあ、大人の人はみんな泳げる?☆」


 大人の中にも泳げない人がいると僕は知っている。

 月子つきこだ。

 月子ははは自分が泳げないから僕を泳げるようにと願ってプールへ遊びに連れて行ったと話してくれた事がある。

 だから月子ははが泳げない事を僕は知っている。


 大人でも泳げない人はいる。


「ゲームも一緒なんだよ☆」


 なんで!?

 ゲームは簡単じゃないか!?

 誰でも出来るはずだ!


 ここで一度振り出しに戻った……。


 月子ははやギルが言いたいことを頭では理解出来る。でもやっぱり感情がそれを許さない。

 ゲームが出来ないなんて納得が出来ない。

 絶対に簡単なはずだ……。

 やらないから出来ないだけだ……。

 やってみれば楽しいはずなんだよ!!


「それだよぉ☆」


 それ?


「そう。そ〜れ!☆」


 どういう事?


「君、今何て言った?☆」


 やってみれば楽しいはず?


「その前は?☆」


 やらないから出来ない?


「そう。それ!☆」


 ???

 僕は少し考えてみたが理解出来なかった。


「食わず嫌いだよ☆」


 ギルに言われてなんとなく気付く。


「君は何でスイミングスクールへ通ってるの?☆」


 楽しいから。


「でも最初は面倒臭いって言ってたよね?☆」


 その記憶はどうでもいいボックスに保管してあった。

 確かに初め僕は面倒臭いと言っていた。

 月子ははの口車に載せられたからスイミングスクールへ通うことになったのを思い出す。


「ゲームも一緒なんだよ。やったこと無い人からは面倒臭いって思われちゃうのさ☆」


 まだモヤモヤが残っているが少し納得した。

 ゲームが食わず嫌いって……。

 人生の半分は損してるとしか思えない!?


「あとの半分は?☆」


 もーちろん! 漫画と音楽!


「どうせ漫画が嫌いって言われたら同じこと言うくせに☆」


 ギルが笑いながら言った。

 まさにその通りだ。

 漫画が嫌いなんて人生の半分は損している。

 そして音楽も同じだ。

 半分と半分と半分の足し算は出来ないが、時に人間は数字だけでは表現できない事もあるのだ。

 だから僕の人生は普通の人の五割増で構成されていることにしておこう。

 そう思い僕も一緒に笑ってしまった。


月子はは「あら、考え込んでると思ったのに急に笑い出して……何か面白いこと思いついたの?」


 しまった……。

 月子ははの事を忘れていた。


光「なんでもない! ちょっとだけ分かったから大丈夫」


 僕は返事をしながら自分の部屋へ戻った。

 部屋へ入り好きな歌を口ずさむ。


「ご機嫌だね!☆」


 まあね!

 ちょっとだけ大人になったんだよ!

 言葉には出来ないが何かが少しだけ成長した気がしたのだ。

 そしてゲームも上手くなったし今は最高の気分だ。

 ゲームのボケ防止案は残念だったがすでにどうでもいいボックスに収納済みだった。


「スイミングスクールへ通ってみて良かったね!☆」

 

 ああ。スイミングは大成功だ。


 でも、もし月子はは以外の人が母親だったなら……僕はスイミングスクールへ通っていたのだろうか?

 そんな疑問が頭に浮かんだ。


「多分、通ってないだろうね☆」


 僕も同じ意見だった。

 あれは月子ははだからこそ出来た芸当だ。

 もし違う道筋を歩いていたら、僕はこの達成感を味わえなかったのだ。

 食わず嫌いについては一度改めて考える必要があるかもな……。


「そうだね! 野菜もモリモリ食べないとね☆」


 それはまた別……。

 野菜は大人になったら自然に食べられるようになるの!

 今は子供だから野菜は嫌いなままで大丈夫!

 玉ねぎは好きになったが、その他の野菜は今のところほぼ全滅だ。

 キャベツもマヨネーズたっぷりじゃないと食べられない……。

 大人になるまではこのままでいいのだ。


「でた! 都合の良いときだけ子供作戦☆」


 なんとでも言えばいい。

 正真正銘、僕は子供なのだから。

 間違ったことは言っていない。


「はいはい☆」


 そういえば最近ゲームの話しかしていなかったがすでに一月も終わろうとしている。

 何気に色々な事件もあったが些細な事なのでどうでもいいボックスにちゃんと収納しておいたから大丈夫だ。

 あえて印象に残っている事を上げるとすればオレンジジュースだな。


「オレンジジュースってまさか……☆」


 そう。そのまさかだ。

 今年の冬の一番の出来事は家にオレンジジュースがいっぱいあった事だ!


「ちょっと待って! 他にもいっぱいあったでしょ?☆」


 無い!


「あーるー!☆」


 例えば?


「例えばって……由良と遊んだりしたのは!?」


 あっ、そういえばお祖母ちゃんの家に行ったね。

 由良ちゃんと遊んで楽しかったなぁ。


「えぇぇぇ……まさか本当に忘れてたの?☆」


 だからさっき教えたじゃないか!?

 ちゃんとどうでもいいボックスに収納してあるって!


「じゃあ初詣に行った時に優理が迷子になったこととかは!?☆」


 あの時は大変だった。

 あんなに人が大勢いる中で迷子になってよく見つけられたものだ。

 ……って、そういえばそれはギルに助けてもらったのだった。忘れてた。


「いやいやいや、忘れないでしょ!? 普通!?☆」


 あはは!

 僕は久しぶりにギル相手に楽しんでいた。


 ちゃんと覚えているよ!


「もう! びっくりさせないでよぉ☆」


 野菜モリモリとか言って、ギルが先にからかってきたんだからね。

 僕は笑いながら仰向けに寝転んだ。


 実はギルを騙す裏技を発見したのだ。


「どうせ思い出ボックスでしょ?☆」


 そう。思い出ボックスだ。

 どうやらギルには思い出ボックスとどうでもいいボックスの収納の違いが区別出来ないらしい。

 通常記憶とは全て覚えていて忘れる事は無いらしい。

 脳の記憶容量はコンピューターの比ではなく、どこの引き出しに入っているかが分からない状態を忘れたと表現しているだけだと。

 そしてギルは記憶ではなく心を読む為、どこに収納してあるかはあまり問題じゃないらしい。

 むしろそんな都合のよいボックスがあるのかすら怪しいしとか言ってきた。

 だから僕が記憶を忘れたのか忘れてないのかの判断が出来ないのだ。


 逆に忘れた事でさえもギルなら引っ張り出せるんじゃないか?

 これテストでインチキ出来るんじゃない!?


「んー。どうだろう? 本当にどうでもいい事だったりするとボヤケてよく分からないからなぁ☆」


 ダメかぁ……。

 漫画で見た瞬間記憶能力ってやつやってみたかったんだけどなぁ。


「一回見たら忘れないってやつ?☆」


 そうそう。それー!


「でも君、どうでもいい事覚える気無いでしょ?」


 うん。


「やっぱり無理かなぁ。だって社会の教科書とか落書きしか思い出せないでしょ?」


 ライオンうんことか?


「そうそう! ライオンうんこは本当に面白かったよぉ☆」


 社会といえばライオンうんこだ……。

 なるほど。この状態で心の中を覗いてもライオンうんこしか出てこない訳だ……。


 まぁ、そもそもインチキする気も無いから別にどうでもいいんだけどね。


「そうだよね。でももっと頑張ればテストでもっと良い点数採れると思うんだけどね☆」


 僕は頑張るのは嫌いなんだ。


「知ってる〜。けど、好きな事はめちゃくちゃ頑張るよね?☆」


 あれは頑張ってない……。

 好きな事をしている時は全て遊びだ。

 ゲームも遊び。

 プールも遊び。

 テストも遊び。

 ぜーんぶ! あ、そ、び!


 この考え方は月子つきこの血のせいだろうか?


「そうかもね☆」


 遊び人を夢見る僕は少し嬉しくなり、月子ははの子供で良かったなとつくづく思うのだった。

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