第6話 失敗の価値 3

 二人の女の子に半ば強引に迫られてどうすれば良いか困っている僕は、心の中で助けを呼んだ。


「いぇーい!本日ニ回目〜!☆」


ギルー! 助けてー! ちょっと考えてからってのやってみたけどダメだったよぉ〜……。


「あははっ! そりゃそうだよw あんな答えじゃ無理にきまってるじゃないか☆」


 正直分かってたけどさぁ〜。どっちも好きなんだもん……。


「もうちょっと時間をもらった方が良いかもだね。今日の帰る時に返事するってのはどうかな?☆」


 問題の解決にはなっていない。それが一時凌ぎである事は僕も承知していた。しかし、それしか最善手は無いと思ったので二人には放課後までに考えておく事で了承を得て無事学校に辿り着いた。

 校門を抜けて広いグラウンドを横断していく途中、僕はギルをどうするか考えていた。このままギルにお帰り頂くよりも、授業中に相談相手になってもらった方が良いのでは無いか?そう悩んでいるうちに校舎まで辿り着いてしまった。


 よし! 今日はこのまま授業を受けよう。


 ギルがいる状態での学校生活は初のこころみだった為、少々不安はあったが一度決めた以上は変更しない。


「やったー! 学校楽しみだね☆」


 ギルはとても嬉しそうだった。喜ぶ姿が目に浮か……ばない。僕はギルの姿をまだ見ることは出来ない。それでもギルが喜んでいる事が伺えてなんだか嬉しくなってきた。日常が非日常に変わり高揚こうようしているせいもあるだろう。しかし学校に来てこれだけワクワクするのは初めてかもしれない。僕の精神状態は今最高のコンディションだった。


 教室に入り自分の席に着席すると、周りの空気が明らかにいつもと違う事に気付いた。灰色しか存在しない世界から虹色の世界へ転移でもしたかのように全てのものが色付いていく。

 初めて知った。自分の気分が、気の持ちようが、周りの空気や風景まで変えられる事を……。他の生徒達が今まで肌で感じ、小さな瞳で見てきた教室の風景を久しぶりに感じ見る事が出来ていた。


 精神年齢が高くなれば高くなる程経験出来なくなる体験を、光はいとも簡単に再現してしまう。元来子供とはそういう力を持っているのかもしれない。


「君、すごく嬉しそうだね☆」


 ギルの問いかけに僕は満面の笑みでありがとうと返事をする。そんな自分自身の事を少し好きになれた。僕は元々自己肯定感が乏しかった。

 自分が出来る事はみんなも出来て当たり前。だから逆にみんなが出来る事は自分も出来て当たり前と考えていた。だが過去に何度か、やれば出来る子と言われてきたり、父親に『光は本当にバカやのぅ』と言われたり。そんな背景のせいで、自分はダメな子供と考えるようになってしまったのだ。


 実際光はある程度の事は出来る子だったがうっかりミスが多くケアレスミスのせいで、本来百点が採れるテストでも八十点しか採れない事が多々あった。頭では理解しているが、外部に伝える際にうっかりするのだ。だから光は他の子に比べて努力をしなくても平均以上の事が出来てしまっていたが、それは自分の力を全て発揮している訳では無く七〜八割ぐらいの力しか活かしきれていない状態でのことだった。

 そんな光が自分を特別視して他のみんなを普通と思うのは【うっかりする自分】に対しての劣等感でもあり、その原因の半分は思い込みでもある。父親に言われた事をそのまま【自分はバカだから】と思うようになり自分で自分の力を決めつけるようになっていたのだ。いつの間にかその思いは、【自分は特別】に変わる。宿題を忘れた事に関しても、教室に入ってから忘れた事にやっと気付く。自己嫌悪感から外部全ての情報を遮断して拒絶する。空気でさえも拒絶する。息が出来ない程に。そして教室から逃げ出す。特に三年生になってからは忘れる回数が多くなり悪循環になっていた。宿題を忘れてくる事に悪気は無い。しかし他の【普通】のクラスメイトはみんな宿題を忘れない。自分は忘れてくる。普通の事が出来ていない自分。劣等感にもなるだろう。


「大丈夫?☆」


 ギルに問われてハッとなる。

 いつもの教室と今日の教室ではなぜ空気が違うのか? と考えていたらちょっと暗い気持ちが出て来てしまった為ギルに心配されてしまった。


 大丈夫!


 そう心の中で答え、授業に望もうとした。


「ところで〜。詩織と雛の事だけど〜。どうする〜?☆」


 更にハッとなり額からひとすじの汗が……。

 ほんの数十分前の事なのにすっかり忘れていた。


 どぉ〜しよぉ〜〜……。


 そう思うと同時に授業開始のチャイムが鳴った。最高だったコンディションは一気に下がっていき、いつもの授業が始まろうとしていた。

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