第34話 危険と機嫌と棄権 5

 車の時計を見ると午前三時を回っていて、眠くなるのも仕方が無いと思ったが、もうちょっと走ると面白い所があるのでそこまでは頑張りたかったのだ。

 曲がりくねった山道の後の単調な道なので、少し物足りないと感じてしまう。周りに何もなく薄暗い山の中に木々が生い茂っている。車の横で流れる木々を助手席の窓から眺めていた。なんかゆっくりだなぁ。

 そう思ってから、ゆっくり走っている車に違和感を覚えた。

 普段ならこんな単調な道、ブイブイ走っていくはずの車がとてもゆっくりに感じたのだ。


 ギル? 思考加速ザ・ワールド使ってる?


「使ってないよ。どうしたの?☆」


 なんだか車がゆっくりだなぁと思って……。

 だからもしかして体感時間がズレてるのかと……。


 車の調子が悪いのかな?

 それとも、道路は真っ直ぐに見えるけど登り坂とか?

 山道には勾配こうばいが書いてある看板があったりする。

 目の錯覚で真っ直ぐに見えても実は坂道だったりすることがあるのだ。遊園地にあるびっくりハウスとかマジックハウスがそれの応用で作られているらしい。ハウス内には斜めの壁とかがありその中にいる人は目の錯覚で真っ直ぐに立てなくなるのだ。

 道路の場合、登り坂はいいが下り坂は知らない内にスピードが上がったりして危ないのだと教えてもらった事がある。

 だから勾配の看板が無いか探すが見当たらない。


 ふと、隣の父親ドライバーさんに目をやるが、穏やかな顔で運転していた。


 のんびり気分なのか?

 やけに機嫌が良いな……。


 でもなぜか違和感が消えない。

 穏やかな父親ドライバーさんの顔をもう一度良く見てみる。

 

 ……。


 なんとも穏やかに、目をつぶっている。


 ……。


 これ、寝てない!?


 ……。


 ヤバイ!!!


「やばそうだねぇ……☆」


 一瞬パニックになりかけたが、すぐにギルが反応してくれて思考加速ザ・ワールド状態になった。

 ギルどうしよ?

 このままだと一家心中だよ!

 新聞載っちゃうよ!

 【夏の悲劇! 真夜中の事故】

 ネタとしてインパクトは無いから新聞の隅っこの方にぽつんと……。

 いや、実は超高速で瞬きしていて閉じてるように見えるとか?

 ギル! 本当に寝てるか確認できる?


「うん。無心だね。瞑想中☆」


 寝てるしー!

 こんなところで人生《》棄権リタイヤは困るぞ!

 どうしよ!


「取り敢えず起こしてみたら?☆」


 どうやって!?


 腕とか叩いたほうが良い?


「それは危ないかもだから、大きい声で呼んでみたら?☆」


 分かった!!


光「パパーー!!!」


 僕は力いっぱい叫んだ。

 後ろの月子はは達も起きてしまうんじゃないかってぐらいの魂を込めた叫びだ。


父親ドライバーさん「……、……おう。大丈夫や」


 少しの沈黙の後返事が返ってきた。

 大丈夫じゃないだろ?

 間違いなく居眠りだったぞ!?

 現実時間にして数秒の間だったかもしれないが、思考加速ザ・ワールドのおかげで凄く長い間居眠りしているような感覚の時間を体験していたからこっちは焦りまくっていた。

 僕は父親ドライバーさんがまた居眠りしないか心配で横からじっと見つめていた。


 その後二、三分程走ってから小さなスペースのある路肩に車を駐車した。


父親ドライバーさん「ちょっと休憩や」


 そう言ってシートを倒し眠りに入っていった。

 やっぱり父親ドライバーさんも完全無敵ではないらしい。魔王のような化け物ではなくちゃんと人間だ。そして夜のドライブには危険がいっぱいなのだ。

 まぁ父親ドライバーさんも仮眠を取れば大丈夫だろう。

 そう考え安心したらどっと疲れが押し寄せてきた。


 僕も少し寝よう。



 気付いたら僕はお祖母ちゃんの家で寝ていた。

 しかも、もう昼過ぎぐらいだった。

 しまった……。

 あのままグッスリ眠ってしまったのだ。


 お楽しみポイントまであと少しだったのに寝過ごしてのがしてしまった……。

 まぁ、帰り道のお楽しみにとっておこう。

 そう自分を納得させてしばらくの間ぼーっとしていた。


 ……しまった!!


 もう一つ思い出した事がある。


 ずっとやりたかった事があったのだ。

 そのチャンスを僕は逃してしまっていた。


 昨日の、いや今日の午前三時。

 あの時だ。

 そう、居眠り事件の時。

 あれは極上のピンチだった。

 だが、そんなピンチでも思考加速ザ・ワールドを使って上手く切り抜けられた。

 それはいい。


 そこまでは完璧だった。


 でも、もしもそんなピンチがきて、思考加速ザ・ワールドで上手く切り抜けた時に言う台詞せりふを僕は考えていたのだ。


 大好きな漫画のようにピンチを切り抜けたあと、


『そして時は動き出す』


 って、ギルに言って格好良く決めたかったのだ。


 正直そんな余裕は無かったのでしょうがない。

 今回の件でなかなか漫画みたいには出来ないものなのだと痛感した。

 ちょっと悔しくなって涙が出てきそうになる。


 人間、思い通りにならないと、怒りや、憎しみ、悔しさ等の感情が強くなるものだ。

 うちの父親ラスボスなんか特にそうだ。

 そして機嫌によってもかなり左右される。


 今の僕の機嫌はというと、お楽しみスポットを逃したこともあり、絶好調とはいえなかった。

 だが、お祖母ちゃんの家でもやりたい事があったので、なんとか気持ちを切り替える。

 涙ひと粒だけ流した所でなんとか機嫌をプラス方向へと上げる事が出来た。


 さあ! お祖母ちゃんの家の開幕だ!

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