第17話 アナザーワールド 3

 リビングへ辿り着くとカレーの香りが漂っていた。

 よし!

 今日はカレーライスだ!

 手放しに喜ぶと自分の席に一番乗りで座る。

 家族の座る場所は何故か決まっている。左利きの僕は一番左端が指定席だ。右側に座ると左隣席の人の右手と僕の左手が当たってしまう為、外食でも左端を選んで座るようにしている。


「あら、珍しいわね! 呼ぶ前に来ちゃうなんて。そんなにお腹減ってたの?」


 こっちを見て声をかけてきたのが母親で、名前は月子つきこ源氏名げんじなでは無く本名だ。飲み屋で働く女の人は本名ではなく源氏名で呼ばれるらしい。芸名みたいなものだ。ちなみにお店でも月子ははおや月子つきこだ。

 歳は二十歳ハタチ

 ……ということになっている。

 女性に年齢を聞くのは失礼にあたるらしいが、僕が物心付く時から月子ははおやは二十歳だ。

 立花家の女性は働いていると歳を取らないらしい。誕生日が来るたびに二十歳のお祝いをする。(祖母は除外)

 月子ははおやは基本的に優しい。あまり怒っているのを見たことが無い。そして頑張り屋だ。何をやるにしても楽しんでやっているように感じる。ドライブの時の遊びも月子ははおやから教えてもらった。ここまでの説明なら完璧な人物像が浮かんでくる。そんな完璧をイメージしたような月子ははだが、実はイタズラ好きだ。

 以前、見たことのない野菜がテーブルに置いてあった時に、生で食べられるか聞いた事がある。月子は『食べてみれば分かる』と答えたので食べてみようとしたが、すかさず『お腹痛くなっても知らないよw でも死にはしないから大丈夫』と付け加えてきた。本気マジでビビって口の中に半分入りかけの野菜をその場に戻した……。

 子供の僕からしたらイタズラ好き以外の何ものでも無く、根っからの遊び人なのかもしれない。の遊び人とは全ての事柄に対して楽しむ事が出来るのだ。きっと。


「なんとなくそろそろかなぁ? と思って」


 ギルに教えてもらったとは言えない。

 

「すぐ用意するからちょっと待ってて」


 月子ははが慣れた手付きでお皿にご飯をよそいカレーをかけてくれる。

 うちのカレーはルー増し増しのドロドロだ。

 その昔、父親ラスボスが『こんなシャバシャバのカレーなんてカレーじゃねぇ!』と言って激怒したらしい。以来、ドロドロカレーが立花家標準仕様となった。

 さっと目の前に皿を出されたと同時に声を大にして、いただきます! とカレーを流し込んだ。牛肉の旨味が口いっぱいに広がる。やはりうちのカレーは最高だ。あっという間に平らげておかわりする。

 カレーは大人気なので、大鍋で二十人前程作るのだが二日程であっという間に無くなってしまう。

 今日はカレーなのでまだ良い。焼き肉の場合、大皿に盛って早い者勝ちなので呼ばれたらすぐにリビングに来なければいけない。

 優理と力斗に『今日は焼き肉じゃなくて良かったな。もし焼き肉だったならすでに野菜炒めになってるぞ』と心の中で伝えた。

 二杯目も平らげたのでご馳走様を月子ははに伝え自分の部屋へ向かった。



 ルンルン気分でベッドに仰向けで寝転んだ。

 お腹いっぱい!

 満足、満足。


「幸せそうだね☆」


 うん。本当ならギルにも食べさせてあげたいよ。


「大丈夫。君の心から伝わってるから十分味わってるよ☆」


 そうなんだ! 良かった!

 実は、ギルがかわいそうだなぁって思ってたんだ。

 だってお肉とかお肉とかお肉が食べられないから。


「肉と肉と肉ってw☆」


 でも本当に良かった。

 これからもっとお肉食べればギルも美味しいって事だよね?


「『ギルも美味しい』ってそれ食べられてるし☆」


 足は食べないよw

 豚足なら大好きだけど。

 そういえば気になる事があってさぁ……。


「詩織の事?☆」


 そう。詩織の事だ。

 詩織の主導権をなんとか出来ないかなぁ?


「それは雛の為?☆」


 うん。もうちょっと雛は自由なほうが良いと思うんだよね。その為には詩織がもうちょっとだけ雛に気を使えば良いというかなんというか……、とにかく! なんかそんな感じ!


「うーん。それは雛が望んでるのかなぁ?☆」


 分かんないけどさ……、今日二人で遊んでてなんかそう思ったんだよね。


「雛の事が一番好きになっちゃった?☆」


 ちっ、違うよ! そうじゃなくて……。

 もう! ギルのバカ! 絶対分かっててからかってるだろ!?


「まぁね☆」

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