第05話、アリス・リーフィア②
「受けるのか、求婚」
「え?」
結局授業に出る事がめんどくさくなってしまったアリスはいつもの図書室に行き、自習でもしようと準備していた時、声をかけてきた人物がいた。
挨拶をする事なく突然言い出した言葉に驚いたアリスが顔をあげると、そこには目を光らせながら、不機嫌な様子を見せている少年の姿があった。
第三王子、リアム・グレイシア
王位継承権はないモノの、主に読書を好む第三王子だと言う噂になっている人物であり、アリスにとっては大切な数少ない友人の一人である。魔力なしの地味令嬢と言われていた彼女が周りがバカにしていたところでも、リアムはそんな彼女に手を伸ばし、友人と言う関係になってくれた。
そんなリアムが不機嫌なのには理由がある。アリスが受けた、求婚の件であろう。
「あー……リアム様、この前参加されていませんでしたよね?」
「していない。しかし、アーノルドが勝手に話してきた」
「アーノルドさまが……」
アーノルドと言うのは、アリスに求婚を申し込んできた男だ。その男から聞いてきたと言うのだろうか?
青ざめた顔をしながら準備をしていたのだが、リアムは不貞腐れた顔をしながらアリスに話し続ける。
「あの男とお前では接点がなかったのに、何故そのような事になったのだ?」
「あー……この前のアルバイト先で出会いまして……なんか、よくわからず……」
「お前の事情をすべて知っているのか?」
「家族の件は話しております……が、『力』と『魔導書』の事を知っているのは、リアム様と兄上だけです。まだ話しておりません」
「そうか……それで、受けるのか?」
「……受ける前に無理ですって言って逃げました……なんか、諦めてくれない感じがするんですけど気のせいですかね?」
「…………気のせいではないと思うぞ。あの男は別名、『悪魔』だからな」
「いやぁあああ……」
もしかしたら殺されるのではないだろうかと言う気持ちになりながら、アリスは青ざめた顔をしながら机に顔を押し付ける。
涙目になりながら、ずれてしまった眼鏡を少し直しつつ、アリスはリアムに再度目を向けた。
「……逃げる事って出来ませんかね?」
「無理だな。あの男は数年の付き合いだが……多分、しつこいぞ」
「ううう……」
「いっその事旅立って逃げたらどうだ?お前にはその『力』がある」
「……」
リアムの言葉に、アリスは何も言えなかった。ただ、大きな鞄から取り出した古豚本を机に置き、静かに見つめる。
「好きでこの『魔導書』持っているわけじゃないですからね、リアム様」
「しかし、この『魔導書』があるからこそ、ほぼ魔力がなくても、扱える事が出来たし、これは既にお前を『主』としてみている」
「……」
「この『魔導書』もアーノルドと同じ、しつこいぞ。きっと」
他人事のように答えるリアムに、アリスは何も言えない。
しかし、確かにリアムの言う通り、学園をやめて家族から逃げて、そしてアーノルドから逃げてしまった方が良いのかもしれないと思ってしまう。
同時に、授業に出てしまったらきっと、いや間違いなく、女子生徒たちからにらまれるに決まっている。魔力なしの地味令嬢があんな素敵な人物に求婚されるなんて、誰が信じただろうか。
――顔だけは、良かったのである。
そして、彼女の前に置かれた『魔導書』。
これは既に、彼女が幼い頃から傍にあったものであり、これを知っているのはリアムとそして兄のリチャードのみ。
彼女はこれがあるからこそ生活が出来ているし、この学園に通える事が出来ている。しかし、もしこれがアーノルドにばれてしまったら、どうなるのだろうか?
「……そもそも『彼ら』がきっとアーノルド様殺しちゃうかもしれない」
「アリスには激甘だからな、『彼ら』は」
「……」
「どうする、アリス」
リアムがジッとアリスに視線を向けているが、アリスは静かに息を吐きながら、答える。
「……求婚を受けても良いとは思っている。まず実家と離れる事が出来れば受けても良いかなって」
「よっぽど嫌いなんだな。まぁ、僕も家族はあまり好きではない。お前と、姉上だけだ」
「ナディア様が居たからこそ、私は兄上と少しずつ会話が出来るようになったんですよねー」
懐かしい思い出だなーと思いながら、アリスは図書室の窓の外に目を向けようとしたその時だった。
窓の外に笑顔で立っている一人の男の姿を見た瞬間、アリスは硬直した。
突然動かなくなってしまったアリスに対し、リアムは首をかしげながら視線を向けている場所に目を向け――固まる。
窓の外に笑顔で立っている人物――アーノルド・クライシスが楽しそうに笑顔を見せながら立っていたなんて、誰が予想していただろうか?
声を出したく、叫びたくなってしまったが、アリスは声を出せずにただその場で固まる事しかできなかった。
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