第51話、クロード・クライシス侯爵①



 朝食に時間が終わり、アリスは一人で床に寝転がりながら色々な事を考えてしまった。

 正直、アリスにとって今の状況はありがたいと思うばかりの環境だ。

 自分でしようとする事は勝手にやってくれて、現にアリスはやる事がない。

 今日は休日と言う事もあれば、寮の部屋ではないので、持ってきておいた私物の調べ物をしようかと折ったのだが、やる気が出なかった。


 アリスは今、ある意味で数時間程、ぐうたらな日常を送っているのだと、理解する。


「……これは、やばいのかもしれない」

「そもそも普通の令嬢らしい生活なんて送ってないんですから当たり前なんですよ、ご主人様」

「で、でもアスモデウスさん……あ、そ、そっちの本片付けないで!」

「調べないんだから片付けていいですよね?」

「ううう……」


 やる気が出なかった事で、アリスはいつの間にか出てきたメイド服を着ているアスモデウスに部屋の掃除をさせられ、いつもだったら汚い部屋で生活していたのに、広くて汚くない部屋など、正直落ち着かないと言うのが彼女の本音だ。

 アスモデウスはメイドとしての仕事をしているだけ。

 簡単に、パパっとやってしまうアスモデウスの姿を見ながら、アリスは涙目になりながら綺麗になっていく部屋を見つめていることしかできなかった。


「へ、部屋が汚いと、狭くないと、なんか落ち着かないんですよぉ……」

「はぁ……重症ですね、ご主人様。あ、ベッドの下なんかに潜ろうとしない!」

「お、落ち着かないんだもの……」

「犬猫じゃないんですからねご主人様!もう、ほら!そこから出て!」

「ううう……」


 アスモデウスの横暴のような感じに思えてしまうアリスは涙目になりながら引っ張られ、隅の方に寄せられてしまう。

 昨日と全く違う環境に来てしまったアリスは、今日と言う一日をどのように過ごせばいいのかわからないまま、片づけを続けているアスモデウスに目を向けつつ、アリスはアーノルドの今朝の行動の事を思い出す。


「……気まぐれ、じゃないのかな?」


 正直、気まぐれだと思っていきたい。

 飽きたら捨てる、と言う形をとってもらいたい、とアリスは思ってしまった。

 しかし、アーノルドの瞳には『本気』と言う文字が浮かび上がっている。

 間違いなくアーノルドはアリスと婚約を結び結婚をして、妻に迎えるつもりなのだろう、と。


「……父上が、何か言ってきそうだけど」


 例え無視されて、虐げられていても、この世に存在しないと思われていても、アリスは立派な伯爵令嬢だという事を忘れてはならない。

 リーフィア家では、伯爵令嬢の一人だという事に数えられているのだ。


 祖父にお金を援助してもらっていた事を知った父親は、すぐさま援助が出来ないように対策をしてきた。

 『魔力なしの地味令嬢』と言われていても、父親にとっては関係のない事だと何もしなかった。

 自分の事には関心がないのだとわかっているのだが――。


「アーノルド様は、どうやって進めていくと思いますか、アスモデウスさん?」

「……さぁ、あの男が考える事はわかりません。けど、正直ムカつくんですよねー」

「え、ムカつく?」


「……アーノルドってやつ、似てるんですよ。ご主人様が言う、『クロ』に」


 嫌そうな顔をしながらアスモデウスはそのように答え、アリスは納得してしまう。


 クロ――罪人名、『嫉妬レヴィアタン


 『クロ』と言う名前は自己紹介する時に勝手に向こうが考えた名前だ。

 執事のように身の回りの世話をしてくれたり、アリスにとっては優しいお兄さんのような存在なのだが、アスモデウスとクロはどうにも仲が非常に悪い。

 しかし、『性格』の事については納得がいく。


「クロ、アーノルド様みたいな性格だなーっとは思ってた」

「でしょう?だから気に入らないんですよー……笑った所なんて、めっちゃ似ててムカつくの」


 本当にクロの事、そしてアーノルドの事が嫌いなんだと、アリスはアスモデウスの表情からして思ったのだった。

 

「けど、そこまでじゃない……と、思うよ?」

「ご主人様だから優しいのかもしれないですよ?それに、ご主人様はある意味性格がねじ曲がっておりますから」

「……それは、自分でも理解してるよ」


 ははっと笑いながらアリスはアスモデウスの言葉に頷く。

 彼女の言う通り、アリスも自覚がある――自分の性格が何処かねじ曲がっていると言う事に。

 多分それは、自分が普通の環境で育っていないからだとアリスは考えている。


「……もし、アーノルド様達のような家族に恵まれていたら、ねじ曲がんなかったかな、私」

「まぁ……普通の伯爵令嬢にはなっていたかもしれないですよ」

「あ、やっぱり」

「伯爵令嬢がね、床で寝て、ソファーで寝て、部屋を散らかして、何日も調べものして部屋に籠っている事なんてしないと思いますよ、私が見てきた中で、ですけど」

「ひ、否定できない……」


 普通の『伯爵令嬢』だったら今頃メイドに綺麗に服を着せてもらい、髪の毛を整えてもらって、休日なんか友人たちと一緒にお茶会なんて、したのではないだろうかと思いながら、くしゃくしゃの髪の毛を軽くかきむしるのだった。


 

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