第50話、約束⑦


 例え、この世界がアリスを拒絶したとしても。

 家族がアリスを拒絶したとしても。

 アリスは自分に手を伸ばしてくれた人たちが愛おしくてたまらない。

 静かに笑いながら答えるアリスの姿を見たアーノルドは一瞬目を見開いたような顔をしながらアリスを見ている。

 それに気づかないアリスはある意味自分の本題をぶつけようと、アーノルドに言う。


「で、ですから、そ、その、私がアーノルド様のつ、つつ、妻になるのは無理で――」

「無理じゃない」

「え……」


「さっき言っただろう。俺は手に入れたいものはどんな事をしても手に入れて見せる、と」


 いつの間にかアーノルドの両手がアリスの両手をしっかりと掴み、握りしめている。

 呆然としているアリスの姿を気にせず、アーノルドはまるで彼女を逃がさないかのように両手をしっかりと握りしめながら、静かに大きな瞳で見つめている。

 アリスも見つめられる事に呆然としながら、アーノルドに目を向けていると、そのまま彼はゆっくりとアリスの手のひらに軽く口付けをする。

 口付けをされた事に、アリスの反応が遅れた。


「ひ、ひぇッ!?」

「逃がす気はないぞ、アリス・リーフィア」

「あ、アーノルド様?」

「俺をここまで虜にしているんだ。だから最後まで付き合ってもらう」

「え、ええ……」


「――『悪魔』を魅了したんだ。責任とってもらうからな、アリス」


「……」


 笑いながら答えるアーノルドの姿をアリスは何も言う事が出来ず、呆然とする事しか出来なかった。

 スフィアは顔を真っ赤にさせながら、顔を隠すようにしながらアリス達に視線を向け、アルドとカルロスの二人はアリスとアーノルドに対し、拍手をするのだった。


「流石兄さん。ぬかりなし」

「お見事です、アーノルド様」


 ――いや、見事じゃないから!


 アリスは青ざめた顔をした瞬間、自分の力を振り絞ってアーノルドの手を振り払い、顔面真っ赤な顔をしながらその場に立ち上がり、叫ぶ。



「死んでるかもしれないんですよ!私!!」


 

 死んでもおかしくない状況に居ると言う事を、アリスは一生懸命振り絞った声で叫ぶ。

 食事をしていたスフィアは驚いた顔をしながら、アリスに目を向けていたのだが、彼女はそんな事どうでもよかった。


 あの時、思い知らされた。

 エルシスと言う存在は、油断していけない男だという事に。

 笑顔であのように言っていた言葉が何度も頭の中に過ってしまう。

 いつ、死ぬかもわからない女をそれでも妻に迎えるなんて言っている男なんて、きっとアーノルドしかいないであろう。

 アリスは諦めてもらうように、叫んだ。

 そして、ここに居たら、きっと彼らを巻き込んでしまうかもしれないと言う恐怖が襲い掛かる。


 たった一夜、ここに泊まっただけだ。

 この中は、ある意味居心地が良くて――アリスに対して優しく、見守ってくれる存在だと。

 だからこそ巻き込みたくないから何度も断っているのに、アーノルドは発言を曲げない。

 嫌われるぐらい、何かをしてみたら良いのだろうかと思いながら、アリスは唇を噛みしめていたのだが、振り払った手など気にしないかのように、アーノルドは同じように立ち上がり、アリスの前に立つ。


「アリス」

「……あ」


 アーノルドはそのまま再度、アリスに両手を伸ばしていき、彼女の右手を強く握りしめる。

 振り払おうとしても、振り払うことが出来ないぐらいの力を込めて、しっかりとアリスに目線を向けながら。

 真剣な瞳がアリスを貫いているかのように、ジッと見つめてくる彼の表情に対し、アリスは何もできなかった。

 驚いた顔をしているアリスを前に、アーノルドはまっすぐな瞳でアリスに言った。


「約束する」

「……やくそく、ですか?」

「ああ、約束だ」


 何を約束するのだろうかアリスにはわからない。

 しかし、最後までそれを聞いてみようと思ってしまった。


「俺は、お前を決して裏切らない。決して、この手を放さない」

「え……」



「――お前がちゃんと十八の誕生日を迎えられるように、俺は永遠にお前の傍に居て、お前を支え、お前を守り続ける」



 『守る』


 一瞬、アーノルドは何を言っているのだろうか、そんな事を思ってしまった。

 しかしそれと同時に、アリスにとってアーノルドの発言は、強く貫かれるように、衝撃を受けた。

 『七つの大罪』の彼らにも言われた事のないその言葉がとてもずっしりと、重みを感じながら。


「……まもってもらわなくて、わたし、は」

「彼らが居ると言いたいのだろうが、それでは意味がない……俺が守らなければ、意味がない」

「ど、どうして……?」


「妻を守らない夫がこの世界に居るか?」


 ――アリスとアーノルドは既に結婚している設定になっているのではないだろうか?


 アリスはその発言を聞いた瞬間、やはりこれは逃げられない選択になっているのではないだろうかと思ってしまったが、それ以上に何故かその言葉に居心地を感じてしまった。

 静かに、ぷっと言う吹き出しをした後、アリスは笑顔でアーノルドを見た。


「フフ……私たち、まだ結婚すらもしてないですよ、アーノルド様」

「俺はその気で居るぞ?」

「その前を踏まないといけないですよ、アーノルド様」


 アリスはアーノルドの少し驚いた顔を見て、再度笑ってしまったのだった。


 

 

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