第11話、魔導書、『七つの大罪』④


 目の前にある魔導書、『七つの大罪』と呼ばれていた存在は、アリスの前に立ちはかる。既に彼女が『主』と言う事を認識しているかのように、受け取らないと絶対にこの場から逃げられないと、アリスは幼いながら悟る。

 署名してしまったのも自分自身だ。息を呑んだアリスは静かにその本に手を伸ばし、再度触れて握りしめる。


「おめでとうございます、新しい主――我が、姫君」

「おめでとう、新しい主……俺のご主人様」


 その時、クロとシロの声がしたと同時に、アリスの世界はいつも通りに戻る。

 先ほどの本屋の店の中になっており、呆然としながらアリスはその場に立ち尽くしていると、本屋の店主がアリスに声をかける。


「どうした、アリスちゃん?」

「あ、い、いえ……あれ?」


 さっきまでアリスの目の前にあの二人が立っていたはずなのに、既に二人の存在がまるで最初からなかったかのように、居なくなってしまっていた。

 残されたアリスは一体自分の身に何が起きたのか、それとも夢だったのだろうかと思いながら呆然とその場に立っている。

 ただ、一つだけ違う事。


「……あ」


 アリスの胸の中にしっかりと納まっていたのは、先ほど自分が署名し、自分が主となってしまった、魔導書――『七つの大罪』が姿を見せたのである。

 もし、夢であれば、これは存在しないはずなのだが、間違いなくアリスはそれを手に持ち、抱きしめるようにしている。


「……」


 どうしたら良いのかわからないアリスは少し涙目になりながら、その場に立っていると、入り口の扉が開き、アリスが待ち望んでいた声が聞こえてきた。


「お嬢様ーアリス様ーお迎えに参りましたよー」

「……メリッサ」

「アリス様、お迎えに……どうかされましたか、アリス様?」


 いつもと様子の違うアリスの姿にメリッサは戸惑いながら声をかけたのだが、アリスはそのまま何も言わず、急いでメリッサの下に近づき、彼女の身体に抱き着いた。

 泣く事はなかったのだが、突然抱き着いて震えているアリスに呆然としながらメリッサは店主の方に視線を向けると、店主も何が起きたのか理解できず、首を横に振るだけ。

 メリッサはアリスの背中を優しく撫でるようにしながら声をかける。


「あの、アリス様、何かありました……もしかして、何処かぶつけたり、とか?」

「……メリッサ、早く帰ろう」

「え?」

「あそこに戻るのは嫌だけど……今日はもう、早く帰りたい……」

「……アリス、様?」


 いつもだったら、アリスはあの家に、あの屋敷に帰りたくないと言う事を言うのが日常だったのだが、今日は早く帰りたいと言い出し、余計に驚かされる。

 本当に彼女に何があったのか――それを知っているのはアリスのみで。

 アリスは唇を噛みしめるようにしながら、再度メリッサの事を強く抱きしめた。



  ▽ ▽ ▽



「……読めない」


 屋敷に帰り、そのまま部屋だと思われる小屋に入ったアリスは買ってきた本より先にまず魔導書である『七つの大罪』に目を通そうとしたのだが、通す事が出来なかった。

 数ページほど白紙で、それから読める所は見た事のない文章で書かれているので全く読めない。

 ただ、確かにアリスは署名の欄に自分の名前を書いているのは間違いなく、その名前が刻まれている。


「……所有物になれば、読めるんじゃなかったのかなーああ、そんな事言ってなかったけ……」


 深くため息を吐くようにしながら、アリスは考えるのを放棄する。

 本を閉じ、冷たいベッドの中に入りながら、アリスは古びた天井に視線を向けてみた。


「……ご主人様、か」


 ふと、あの時シロとクロが言っていた言葉を思い出す。

 あの二人の言葉の意味はどういう意味なのか理解出来ず、夢だったのか、それとも現実だったのか、今回の事はアリスにとって初めての経験だった。そして、二度と起こらない経験なのかもしれない。

 二人は一体どこへ消えてしまったのだろうかと、再度息を静かに吐きながら寝返りをしようとした時だった。



「――この本は、いうなれば『触媒』なのですよ、姫様」



 突然、聞き覚えのある声がしたのは気のせいだろうか?


 アリスは勢いよくその場から起き上がり、声がした方向に視線を向けると、笑顔でどこから取り出したのかわからないカップで飲み物を飲みながらアリスの手を振っている一人の青年、クロと、まるで何事もなかったかのようにクッキーを食べながらアリスを見ているシロの姿があったと言う。


 間違いなく、不法侵入だった。


「あ……な、なんで……」

「なんでって、あなたがアレを所持しているから、僕は現れたのですよ姫様」

「よう、ご主人様」

「え、あ、はぁ!?」

「しかし、ホコリ臭いところに住んでいるんですね。この家、一応貴族なんですよね……姫様、冷遇されているんですか?」

「向こうでは騒がしく、家族団らんしているのにな」

「そ、れ……は……」


 ――自分は魔力がほぼない存在だから。


 アリスは二人の言葉に対し、そのように返事を返す事が出来なかった。

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