第10話、魔導書、『七つの大罪』③


 見せられた本からは、明らかに禍々しい感じの雰囲気が出ているように見えたのは気のせいだろうか?

 同時に、絶対にこれは持っててはいけない存在だと認識して、断ろうとしたのだが、青年は笑いながら何故か押しかけようとしているように見える。

 何故こんなものを押し付けるのか、アリスは青ざめた顔をしながら青年の顔を見る。


「おい」


 

 その時、青年の背後からもう一人、男の声が聞こえてきた。先ほどまで気配すら感じられなかったはずなのに、いつの間にかその男は青年の背後に居たのであろう。

 肩に手を置いて、青年に声をかけるもう一人の男は、ため息を吐きながら青年に声をかける。


「無理やり押し付けようとするな……それに、本当に『彼女』なのか?」

「ええ、間違いないですよ。彼女こそ、次の『主』に相応しい子です」

「……ガキだぞ」

「ガキでも子供でも、彼女には素質があります」

「……はぁ」


 男は頭を抱えるようにしながらため息を吐き、そのままアリスに視線を向ける。赤く、鋭い視線をアリスに向けているように見えて、彼女は思わず体を震わせてしまった。

 お互い目線が合った後、男はアリスに視線を合わせるようにしながらその場にしゃがみ、再度アリスをジッと見つめる。

 整った顔に綺麗な瞳――真っ赤な瞳がまるでルビーと言う宝石のように綺麗な瞳だった。


「え、えっと……」

「……お前、名前は?」

「な、名前……アリス・リーフィア、です」

「アリスか……俺は、そうだな……シロ。で、こいつはクロだ」

「ちょ、クロって……髪の毛がクロであなたがシロだから!?」

「良いだろう、名前なんてめんどくさい」


 名前からして、今からつけた名前なのだろう。青年は髪の毛が黒いからクロ、男は髪の毛が白だからシロ、と言う名前だと言う事だとアリスは思った。

 特にシロと名乗った男はかなりめんどくさそうな顔をしながらため息を吐いている。


「あ、の……名前、ないんですか?」

「……とりあえず、はな……それより――」

「え……」


「――お前はこの本を受け取るのか、受け取らないのか?」


 赤い瞳が静かに見つめている。真っ直ぐに、アリスの事を。

 クロが持っている本は確かに禍々しい感じがして、正直受け取りたくない気持ちなのだが、それでもアリスは何処か、その本に惹かれている自分自身が居た。


 もし、受け取ってしまったら、どうなるのだろうか?


 息を静かに飲むようにしながら、アリスはゆっくりとそれに手を伸ばす。

 正直、アリスにとって外形など、禍々しい存在など、どうでもよかった。ただ、その本の中身が気になっていたなんて、言えるはずがなく。

 静かにその本に指先が触れた瞬間、突然アリスの世界が真っ白な世界へと変わっていく。


「触れたな」

「触れましたね」


 フフっと笑っているクロと、ニヤリとした顔でアリスに視線を向けているシロの姿に、アリスは思わずもしかして罠だったのだろうかと考えながら、目を見開く。


「え、ちょ……」


 自分の周りには何が起きたのか理解できない。ただ、変な事件に巻き込まれてしまったのではないだろうかと、少しずつ恐怖が襲い掛かってくる。

 青ざめた顔をしながら居ると、目の前に先ほどの本が現れ、その本は確かクロが持っていたはずなのに、近くに居たはずなのに、クロも、そしてシロの姿もなかった。


「え、クロさん?シロさん?」


 自分の身に一体何が起きたのだろうかと、アリスは先ほど以上に恐怖心が襲い掛かってくる。

 どんなに大人びた行動をしても、アリスはまだ子供なのだ。しかも先ほど居た本屋ではない真っ白な世界に、怯えるのは無理もない。

 そして本は誰の手も借りる事なく、ぺらっと捲れる。


 ――ここに署名をお願いします。


「え、だれ?しょ、署名?」


 ――はい、こちらに署名をお願いします。


 一体どこから聞こえてきたのか、先ほどの二人とは違う声がアリスの頭の中に入ってくる。辺りを見回しても人の気配は感じられない。

 再度、目の前の本に視線を向けると、本の一ページに署名をする欄がある。


「……ここに、署名するの?私の名前を?」


 ――ええ、あなたの名前を。


 何故自分の名前を署名しなければならないのか理解できないアリスだったが、署名をしなければこの場から離れる事は出来ないのではないだろうかと悟り、ポケットからペンを取り出したアリスは急いで本に署名を開始する。


「え、えっと……アリス・リーフィア……っと」


 ――署名ありがとうございます。


「あ、ど、どうも……」


 ――よって、この『七つの大罪』の『魔導書』の主は『アリス・リーフィア』様となります。


「え、ななつのたいざい?」


 全く聞いたことのない魔導書の名前と同時に、どうやらこの魔導書のご主人様と言う形になってしまったと、すぐに理解した。

 青ざめた顔をしながら、署名の場所に手を伸ばそうとしたのだが、本はすぐさま署名していたページを閉じ、何事もなかったかのようにアリスの前に立っていた。


 

 

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