第64話、アリス、戸惑う事しかできない。④
「お待たせいたしましたー!ケーキセットでございます!」
笑顔で女性店員が持ってきてくれたケーキと飲み物の姿に、アリスは驚いた顔をした。
驚くのも無理はない。
彼女は、このような煌びやかな食べ物を食べた事がないのだ。
「……うわぁ……あ、アーノルドさん、あの、私のは、なんですか?」
「ショートケーキ。これがイチゴで生クリームをふんだんに使ったケーキだ。俺のはチョコレートケーキ。ここのチョコレートはあまり甘くないから好きなんだ」
「しょ、しょーと、けーき……」
「……ケーキ、食べた事ないのか?」
不思議そうな顔をしながらアーノルドはアリスに視線を向けたので、アリスは静かに頷いた後、再度ケーキに視線を向ける。
幼い頃からこのようなモノを食べた事はないし、もらった事もない。
(そもそも菓子類は、母上が嫌がっていたから、まだかわいがられていた時はこのようなモノは出なかったよなぁ……)
アリスの母親は菓子類が嫌いだったこともあり、中々このようなモノは屋敷には出なかった。
だからこそ、アリスにとって目の前の菓子はどれもこれも珍しい。
どうやって食べたら良いのかわからないアリスは、とりあえず用意されているフォークに手を伸ばし、そのまま深くケーキを突き刺し、一口サイズにきる。
「あ、く、崩れた……」
「少し崩れたな」
「き、綺麗なままにしておきたかったのに……くっ、尊い犠牲だった」
「たかがケーキにか?」
拳を握りしめながらそのように語るアリスの姿に、アーノルドはぷっと声を漏らして笑いながら彼女にそのように返事を返す。
しかし、彼女はどうやら目が本気だ。
その姿を見たアーノルドは再度吹き出しそうになるが、そのまま口を手で塞ぎながら笑いを耐える。
アリスの肩に乗っているケルベロス達はそんなアーノルドを見て引いているような目で見ている事に気づかないまま。
ケーキが崩れ落ちた事に少しだけショックを覚えつつも、アリスは生クリームとスポンジ、そしてその間に挟まっているイチゴを見つめながら、口の中に入れる。
口の中に入れた瞬間、甘酸っぱいイチゴの味が広がっていき、そのイチゴの味を中和するかのように、生クリームとスポンジが抑え込んでいるような味わい。
目をキラキラさせながら、アリスはそのショートケーキを一口味わい、飲み込んだ。
「な、なんですかこれ……これは食べ物なんですかアーノルド様!」
「食べ物だろうな、食えるのだから」
「こ、こんなの実家で食べた事ないです!寧ろ出た事ない……固いパンでもないし、ごはんじゃなくて、甘いし……な、なんなんですかこれ!」
「だからショートケーキと言うものだ……なんか説明がめんどくさくなってきたなぁ」
「お、美味しくて……もうなくなっちゃいました!え、ど、どうしよう……も、もう一口食べても良いですか!」
「ああ、良いぞ」
別にアリスの為に頼んだわけだから、一口一口許可をもらわなくても大丈夫なのだが、と思いながら、美味しそうに食べるアリスの姿を見て、思わず言ってしまった。
「アリス」
「んぐ、は、はい!」
「……俺が毎日ショートケーキを食べさせてやるからと言ったら結婚して俺の妻になるか」
「え、なります」
「ア、アルジ!?」
「ご主人様!?」
「姫様!!!」
真顔でそのように答えるアリスの姿に、アーノルドは再度口を抑えながら肩を震わせ、笑っている。
同時にまさかそのような発言をするとは思わなかった三匹のケルベロスはアリスの顔を見ながら驚くことしかできない。
口元にショートケーキのクリームをつけながら、真顔ではっきりと、なりますと言ったアリスは美味しそうにケーキを食べ続ける。
そして自分が放った言葉に気づいたのはそれから三十秒後の事だった。
「あ……なるって言っちゃった……」
「ジカクナカッタノカアルジ!?」
「え、そんなに美味しいの、それ?」
「ぼ、ボクたちも食べていいかな……」
「あー……一応魔物だから大丈夫かな?切り分けるからちょっと待っててね」
ケルベロス達もそんなに美味しいモノなのだろうかと気になっているらしく、アリスはケルベロス達を机の上に下ろすと、食べやすいように簡単に、小さく切り分ける。
切り分けた事により、余計にケーキの形は崩れ落ちてしまったが、アリスは少し残念そうな顔をしつつ、ケルベロス達にケーキをわける。
三匹はそのまま口の中に入れた瞬間、キラキラとした顔をアリスに見せるのである。
「オ、オイシイ……ニンゲンハコンナオイシイアマイモノヲタベルコトガデキルノカ……」
「ん~……いいなぁ、人間になりたいぃ」
「ぼ、ボクも……甘い~」
とろけるような顔をしている三匹の姿を見ながらアリスが笑っているのを、アーノルドは何も言わず、紅茶を飲みながら静かにアリスを見つめている。
楽しそうに食べているアリスと、美味しそうに食べている三匹のケルベロスの姿を見つめながら。
「……伯爵令嬢なのに、一体どんな生活をしていたんだ」
静かにそのように呟いていたことを、アリスは知らない。
初めて食べたケーキに戸惑いつつも、嬉しそうに食べるアリスの笑顔にアーノルドは少しだけ釘付けになるのだった。
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