第63話、アリス、戸惑う事しかできない。③


 腕を引かれ、数分。

 連れてこられた場所に目を見開きながら、アリスはその場で硬直してしまう。

 と言うより、アーノルドと一緒に行動するようになってから、硬直や驚きばかりだとこの時ふいに思ってしまった。


 煌びやかな場所で、アリスは入り口に入る事を躊躇する。


「どうした、アリス?」

「え、えっと……ここ、入るのですかアーノルド様?」

「ただの喫茶店、だろう?」

「……」


 ただの喫茶店、なのかもしれない。

 楽しく紅茶を飲んだり、ケーキなど菓子類を食する場所だとわかっているからこそ、アリスは入りづらい。

 このような場所に入るのは、人生で初めてなのである。


 元々地味に生きてきた彼女にとって、レベルの高い場所だ。

 汗を流しながら首を横に振ろうとしたのだが、アーノルドは容赦なくアリスの手を強く引っ張り、入店してしまったのだった。


「いらっしゃいませー」

「二名で、あそこの……窓際の席でお願いしたのだが、大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ!では、あちらの席へどうぞー」

「……アリス、行くぞ」

「ひゃ、ひゃい!」


 アーノルドはまるで気にしていないかのような、そんな素振りを見せながらアリスと一緒に奥の窓際の席に向かう。

 とりあえず席についてしまおうと、すぐさま椅子に座ろうとしたのだが、それを静止したのはアーノルドだった。

 何故止めたのか理解が出来なかったアリスだったが、数秒後、すぐにそれを理解する。

 椅子を座りやすくするように、後ろに少しだけアーノルドが引いてくれた。


「レディーファーストはしないといけないだろう。お前も、一応はレディだ」

「あ……そ、それは、う、うん……」

「ほら、アリス」

「……ありがとうございます、アーノルド様」

「どういたしまして」


 少しだけ頬を赤く染めながら、アリスは椅子に座り、座った事を確認した後、アーノルドは真正面の席に座る。

 近くに置いてあるメニューを簡単に見ながら、すぐさま店員を呼ぶ。


「とりあえずケーキセットを二つ頼む。ケーキは何でもいいか、アリス?」

「あ……わからないので、アーノルド様のお好みでお願いします」

「わかった。じゃあ、これとこれを頼む。飲み物は二人とも紅茶で」

「はい、かしこまりました!」


 可愛らしい店員の声と笑顔に少しだけ癒されながら、アリスは辺りに視線を向けてみると、キラキラと輝いている女性たちの姿が目に映る。

 その中で女性たちがこちらに視線を向けているような気がするのは気のせいだろうか?

 何故見ているのかわからないアリスは首をかしげていると、先ほどまで隠れていた小さい姿のケルベロスが、アリスの服のポケットから顔を出す。


「アルジ、アノオンナタチハ、アーノルドヲミテル」

「え?」

「アーノルド、イケメンだからね~」

「でも、興味ないみたいだよー姫様以外は」

「……」


 三匹は姿を見せながら笑っている。

 そんな三匹の頭を一匹ずつ指先で優しく撫でた後、真正面に居るアーノルドに視線を向ける。

 確かに女性たちが視線を向けるのは間違いないだろう、とアリスは思ってしまった。


(……黙っていれば、イケメンだもんね、アーノルド様)


 もしその言葉を呟いてしまったら、不快にさせてしまうのだと思ったアリスは、胸の中で呟く。

 それ以外、目の前にいる男は綺麗で、美しい存在なのだ。


(……着飾っているけれど、私は、『地味令嬢で魔力なし』だもんなぁ)


 学園では研究の為と言うのもあるが、幼い頃からそのような教育を受けていなかったので、アリスはおしゃれをすると言うのがわからなかった。

 同時に、服だってアクセサリーだって、古いモノしかない。

 そんなアリスに、おしゃれなんて、着飾るなんて、難しい事だ。

 周りに視線を向けている女性たちは、煌びやかな姿をした、いかにも『令嬢』と言う感じの姿だった。

 少しだけ身体を縮こませるようにしながら、アーノルドに視線を向ける。


「……何小さくなっている、アリス」

「え、わ、わかりました?」

「分かるに決まっているだろう。背筋を伸ばしてシャキッとしろ」

「いや、流石に……」


「アリス」


 アーノルドはアリスに手を伸ばし、優しく前髪の髪の毛を数本指先に絡めてきた。

 一体どうしてそのような行動をしたのか、アリスにはわからない。

 しかし、その時見せたアーノルドの表情は、いつもと違う、何処か色っぽいような瞳。


「……え」


 思わず声を漏らしてしまったが、アリスが動くよりも先に、アーノルドがアリスの顔に少しずつ顔を近づけてくる。

 真正面まで顔が来たのが分かったアリスは目を見開き、目の前のアーノルドを見る。


「周りを気にするな」

「あ、う……」



「――俺は、お前しか見えていないから大丈夫だ」



 どうしてこの男は、何処かに出てくる三流の恋愛小説のようなセリフが出てくるのだろうか、と思ってしまったなんて、死んでも口に出す事が出来ないと思った。 

 妖艶に笑いながらアーノルドはアリスの額に自分の唇を軽く押し付け、椅子に座る。

 一瞬何が起きたのか理解できないアリスだったが、すぐに何をされたのか理解した。

 額に、キスをされたのである。


「……ぶわぁッ!?」


 思わず変な声と共に椅子から転げ落ちそうになったのだが、小さくなっているケルベロス達が、そんなアリスを支えるようにしながら背中を抑える。

 心臓の音が強く響くように感じながらも、アリスはただその場で呆然とする事しかできなかった。


 何処か楽しそうに笑っているアーノルドがいたなんて、気にも留めないまま。

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