第62話、アリス、戸惑う事しかできない。②


 結局、逃げる事が出来なくなってしまったアリスは、そのままアーノルドに連れてこられた服屋で人形のように扱われているのである。

 しかも、一緒についてきたシファも何処か楽しそうな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか?

 アリスはただいま、二人に着せ替え人形のように、渡された衣類を片っ端から着られている状態だ。


「もう少し白を入れたデザインはあるか?」

「そうですねぇ……アリスお嬢様、こちらも着ていただけませんか?」

「……ふぁい」


 反論する事が出来ないアリスは、とにかくシファとアーノルドの二人に渡された衣類を片っ端から着ることしかできなかった。


(……もう、絶対に衣類を購入するときは一人で選ぶ)


 おしゃれなんてしたことのないアリスは、シファとアーノルドの二人に気づかれないように、涙目になりながら静かにガッツポーズをするのだった。


 それからさらに二時間、アリスは着せ替え人形となり――気づいた時には彼女の身体はヘロヘロの状態になっていたのである。

 地面に膝をつきながら、終わった事に歓喜するのだった。


「お、終わったぁ……実家より、調べ物より、き、きつい……」

「お疲れさまでした、お嬢様」

「あ、あの……シファ、わ、私が頼んでおいたやつも、アーノルド様、購入して、くれました?」

「ええ、ばっちりと」

「……ドレスとか、ワンピースとか、明らかに汚しちゃいけないモノばかりなんですもん……動きやすい部屋着も頼んでおいて、よかったぁ」


 アリスはそのように言うと、再度深くため息を吐く。


 結局、かなりの量を購入したのに驚いたアリスは自分では絶対に買えないモノばかりだったのだが、アーノルドは。


「父の金だから気にするな」


 と言う事でノリノリと購入。

 ほとんどアーノルドとシファの二人が選んでくれたものばかり。

 流石にこれは汚せないモノばかりだと思ったアリスはついでに部屋着、汚しても大丈夫のようなラフな服装も購入させてもらい、服屋としてもかなり設けたのであろう。

 受け付けてくれた店員、店長だったらしく、すごく嬉しそうな顔でアーノルドに視線を向けていた。


「……私、これからこんなたくさんの服、着れるのでしょうか?」

「着るだろう。因みに数週間後、パーティーに呼ばれているのを知らないのか?」

「え、何ですか、それ?」


 突然そのような発言に驚いたアリスは目を見開き、急いでアーノルドに視線を向ける。

 驚いた顔と焦った目をしているアリスの姿が面白かったのか、アーノルドはフッと笑うようにしながら返答する。


「父の代わりに参加するパーティーがあってな。そこで、お前にも来てもらわなくてはならない」

「な、何故!?」

「それはお前が将来、俺の妻になるからだ。お前以外の女に言い寄られても困るからな……だから、お前を俺の婚約者として連れてく」

「き、聞いてませんよアーノルド様!!」

「今言った」

「理不尽!!」


 既にそれは決定事項だという事らしく、アリスは涙目になりながらそのまま地面にへたり込むように倒れていく。

 アーノルドは相変わらず楽しそうに笑っており、間違いなくそれは『悪魔』と呼ばれるのに等しい存在だ。

 そんな二人のやり取りをシファがため息を吐き、カルロスも何も言えない状態で二人の様子を見ていた。


 地面に膝をついているアリスに、シファが声をかける。


「お嬢様、お召し物が汚れてしまいます」

「い、良いんですシファ……私は今、絶望してるんです……服なんて、どうせ汚れるものなんです」

「汚すなら屋敷で汚してください……アーノルド様もお嬢様をあまり虐めないでください。繊細なんですよ」

「ククっ……だって面白いだろう?」

「そういう所は旦那様に瓜二つですよ……ほら、アーノルド様」


 ため息を吐きながらアーノルドを睨みつけるシファに、静かに息を吐いたアーノルドはそのまま地面に膝をつく彼女に手を伸ばす。


「アリス」


 大きな手がアリスの前に向けられる。

 いつの間にか涙目になっていたのかもしれないが、アリスはその手を振り払う事もなく、強く掴んだ。

 ゆっくりと起こされると同時、アリスは再度、アーノルドの大きな手に視線を向ける。


「……アーノルド様の手って、大きいですね。でも、何処かデコボコみたいな」

「タコだな。剣を毎日のように握っているから」

「……なんか、『剣士』の手、みたいですね。私、結構この手、好きかもです」

「そうか」


 アリスはフフっと笑いながらそのように告げると、アーノルドもフッと笑いながら、アリスの手を優しく握る。

 そのまま彼女の身体を少し引っ張るようにしながら歩き出したので、てっきり馬車に乗って帰るのかと思っていたアリスは驚いた顔をしていた。


「え、アーノルド様……帰られないのですか?」

「もう一つ、寄っておきたい所があったからな。シファ、カルロス。一時間で戻る」

「承知いたしました、ではカルロスと二人でお待ちしております」

「気を付けてください、アーノルド様、アリス様」

「ああ」


 手を引っ張られながら、カルロスとシファの二人と距離が離れていく。

 アリスは何が何だかわからないまま、そのまま強引に手を引っ張って歩いていくアーノルドの背中を見つめる事しかできなかった。

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