第61話、アリス、戸惑う事しかできない。①
「……」
「……」
「……」
「……なんだ、アリス?」
「あ、いえ……うん……」
沈黙が重く感じてしまうのは気のせいだろうか、と思いたい。
汗を軽く流しながら、アリスは目の前で座りながら、窓の外を見つめているアーノルドの視線を向けた。
あれからアーノルドは機嫌が悪い。
原因は間違いなく、アリスの膝に乗りながら、気持ちよさそうにしているちんまりとしてしまった魔導書の召喚獣であり、アリスの家族の一人――いや、一匹のケルベロス。
頭は三頭あるが、別々に人格を持っており、三匹居ると思っていいほどの存在を、アリスはのんびりと、気持ちよさそうに撫でている姿。
アリスは知らない。
ケルベロスの一匹が、アーノルドにニヤっと笑いながら、上から目線で彼を見ていると言う事を。
そしてアーノルドは、アリスに対して発言が出来ないと言う事を。
それを全く知らないアリスは慌てる素振りを見せながらアーノルドに戸惑いの視線を向けている。
沈黙が静かに続いている中で、二人を乗せた馬車は住宅街から抜ける。
住宅街から抜けた事に気づいたアリスはすぐさま窓の外に視線を向け――そして目を輝かせた。
「……す、数日ぶりの、『外』だ」
輝く目でアリスはそのように呟いた。
アリスが通う学園とは反対方向にアーノルドの屋敷はある。
反対方向から街に入ったのは初めてだったので、新鮮な気持ちになってしまったアリスは輝かせた目をしながら馬車の窓に視線を向けており、そんなアリスの顔を見たアーノルドは一瞬驚いた顔をした後、静かに笑う。
「……なんだ、楽しそうに笑うじゃないか」
「え、何か言いましたかアーノルド様」
「いや、なんでもない……とりあえずもう少し先まで行ったら降りる」
「そう言えば行先聞いていなかったのですか……どちらに向かうのですか?」
「……聞きたいか?」
「……聞きたい気持ちは、あると、思います」
その言葉を聞いた瞬間、ニヤっと笑っているアーノルドの表情が少しだけ怖いと感じてしまったアリスが居た。
笑った姿を見たアリスはその場で固まり、アーノルドは固まっているアリスの姿を見て、息を静かに吐いた。
「……シファが確認したのだが、普段着すらもあまり持っていないらしいな」
「え、あ……は、はい……」
「そこで、うちのクソおや――いや、父からお金をもらった。アリス、お前は将来俺の妻になる女だ」
「いや、妻になるってまだ私承諾していないんですけど……」
「俺が決めた」
「横暴なんですけど……」
未だにアリスはアーノルドと将来結婚して、彼の妻になるつもりはない。
しかし、アーノルドにとっては決定事項らしく、断っても無視されている状態が今でも続いている。
青ざめた顔をしながら答えるアリスだったが、アーノルドはケロっとした顔をしながらアリスを見ており、話をそらしたくなったアリスはアーノルドに問いかける。
「話戻りますけど、服の事と買い物、一体どんな関係があるんですか?」
「関係がある。お前の衣服を数着用意するんだ」
「…………え?」
「もう一度言うぞ、アリス、お前服を数着見繕う。普段着と外着、あとアクセサリーも買うぞ……フフ、自分の将来の妻を着飾らせる……腕がなるな」
「え、ちょ、ちょっと待って……アーノルド様?」
これはある意味まずい状況なのではないだろうかと理解したアリスは馬車から出ていきたかったのだが、アーノルドの長い足がアリスの行く手を挟む。
汗を流しながらアーノルドに視線を向けると、彼は先ほど以上に楽しそうな笑顔でアリスに目を向けていたのである。
「アリス」
「は、はい!」
「――逃げるなよ?」
間違いなく、逃げる事が出来ないと理解したアリスは真顔で答えるアーノルドの言葉を聞いた瞬間、小さく縮こまるのだった。
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