第26話、兄は今でも夢を諦めていなかった②


 クロがその場から再度離れたのを確認した後、視線を向けられていたのでアリスは隣に居るリチャードに目を向けると、呆けた顔をしながらアリスに目を向けている兄の姿があった。

 何故、そのような顔をしているのか不思議に思いながら、アリスは首を傾げつつ、声をかける。


「兄上」

「あ……い、いや……あの、さっきの人はお前のなんだ?」

「そんなの、兄上に関係ある?」

「か、関係は……ないかもしれないが……」

「……」


 アリスにとって、目の前にいる兄、リチャードは既に兄だったモノなので、どうでも良いと思っている存在。

 そんな彼に自分が数年前から召喚術と言うモノを身に着けた事を話した方が良いのか悪いのか、わからない。


 所詮家族にそのような事を話したところで、あの父親が認めるはずがないのだから。


 ふと、思い出したかのように、アリスは兄に声をかける。


「兄上……兄上は相変わらず、夢は続いているの?」

「え……」

「だって、冒険者ギルドで『剣士』として登録してるって、ミリーナさんが言っていたから」


 一瞬、目を見開いたリチャードだったが、すぐさま真顔に戻り、アリスから視線を逸らす。

 逸らした先に居たのは、意識を失って倒れている少女。彼女はクロに応急処置をしてもらったので命には別条ないのだが、リチャードと一緒にここに来た人物だ。

 彼女が助かった事に安堵した表情を見せた後、そのままアリスに対して告げる。


「……俺、学園を卒業したら、家に戻らないつもりでいる」


「……え?」


 突然そのような発言に驚いたアリスは目を見開いて驚き、身体を反応させてしまった。

 まさか、兄がそのような発言をするとは思っていなかったので、思わず食べていたものが変なところに行ってしまい、喉に詰まらせそうになったぐらい驚いた。

 まさかあの優秀な兄が、家を出ると言う言葉が出るとは思わなかったのである。


「……初耳、なんだけど。え、家を出るの?」

「アリスの他にも弟や妹が居るし、そっちの方に任せた方が良いだろう。俺は、そもそも魔術師になるつもりはないのだから」

「……リーフィア家、継がないの?父上が兄上が将来家を継ぐとか影で聞いたけど」

「騎士団に入る予定だ……父さんは絶対に許してくれないから、きっと勘当されるな。まぁ、覚悟の上だ。騎士団がだめなら冒険者になるのも良い」

「……そう、なんだ」

「驚いたか?」

「うん、すごく……まぁ、剣士になりたいって言うのは昔から聞いていたから……家に逆らうとは思わなかっただけ」

「……本当なら、もっと昔に、逆らっておけばよかったのかもしれないな」


 ――そうしたら、こんな形にならなかったはずなのに。


 リチャードは最後に何かを呟いたような気がしたのだが、それはアリスには聞こえなかった。首をかしげるアリスに対し、リチャードは静かに笑うだけだった。

 彼は、後悔している。

 あの時、アリスの手を受け取らずに、振り払った事を。

 しかし、今更そんな優しさを見せられても、アリスは動揺もする事がない。何を言われても、彼女にとってもうどうでもよい事なのだから。

 大きく、深呼吸をして、その息を静かに吐いた後、アリスはクロとシロ、ケルベロスを見ていった。


「……私、数年前に魔導書を手に入れたんだ。すごく貴重な魔導書……その中に七つの魔物みたいなものが封印されていて、私、その魔導書の主になって、ついでに書簡術も出来るようになったの。あそこにいる三人が、その魔物たち」

「それならすごいじゃないか。例え召喚術でも……」

「私は、この魔導書の魔力を利用して、媒介して、召喚術を使っているだけ。私の実力ではないし、父上たちに言うつもりはない」

「……もしかしたら、今の環境が良くなるかもしれないのに、か」

「私は今の環境で落ち着いているの。家族たちは私を見ないけど、彼らは……そして、冒険者ギルドの人たち、使用人の人たち、街の人たちは、私を見てくれる。認識してくれる。それだけで十分、私は幸せ」

「……そう、か」

「うん、そうだよ」


 アリスとリチャードはそのまま、クロたちに視線を向けたまま、何も言わない。何も言わないまま、リチャードが何かを言おうと、声をかけようとした時だった。



「ご主人さま~♡」



 甘ったるい声が聞こえたのは、その時だった。

 突然背後からアリスを抱きしめるようにしながら現れる、妖艶の女性にリチャードは目を見開き、驚いた。

 アリスの頭が、妖艶の女性の大きい胸が埋まるぐらい、アリスも顔は沈めていく。


「んぐ……」

「あ、アリスッ……」

「だ、大丈夫、だから兄上……アスモデウスさん、重いです……む、胸が……」

「いやぁん、ご主人様のえっちぃー……でもご主人様ならわ・た・し、全てをささげても良いですよー?」

「む、胸が……」


 胸を強く押し付けられている感覚がアリスに伝わってくる。逃げようとしても背後からがっちりホールドをされており、逃げられない。


 『七つの大罪』の魔導書に封印されている魔物の一人、『色欲アスモデウス』。


 彼女は人間ではなく、インキュバスにもなれればサキュバスにもなれる。

 つまり、今の姿は女だが、男にもなれる、性別を持たない存在なのだ。

 そんな彼女は今回は女性の姿でアリスの呼びかけに答え、召喚され、現在に至る。


 

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