第25話、兄は今でも夢を諦めていなかった①


 ――どうしても、剣士になりたかった。


 その言葉と共に、兄であるリチャードがゆっくりと目を開け、最初に映ったのは隣で腰を下ろしながら、何かを食べている妹だった少女、アリスの姿だった。

 アリスは何も言わず、何かを噛みしめるように噛みながら、静かに気配を消すようにしながら座っている姿に少しだけ驚きながら、リチャードはゆっくりと体を起こして声をかけた。


「……アリス」

「あ、兄上、起きた?」

「……ああ……痛ッ……」

「痛いよ、ケガしてるんだから」

「……そうか」


 淡々と答えるアリスに対し、リチャードは反論する事はなく、痛みに耐えながらもゆっくりと起き上がる事にした。

 周りに視線を向けながら、アリスに声をかける。


「……俺の仲間たちは、生きているのか?」

「女の子の方は生きていたけど、残りの二人は……私が来た時にはもう息はなかったよ」

「……そうか」

「今回は、運がなかったね、兄上」

「……あれは、なんだ?」

「わからないよ、私にも」


 アレと言うのは、子供の姿をした化け物――エルシスの事だろう。

 リチャードは知らない。自分たちの『血』のおかげで、エルシスと言う化け物の封印が解けてしまい、化け物が一つ、逃げてしまった事を。

 しかし、アリスは信じてみる事にした。エルシスが言っていたあの言葉を。


『アリス、君が十八歳になったら、もう一度君の前に姿を見せようと思う』

『え……』

『それまでは何もしないし、手を動かさない……だけど君が十八になったら――』



『――僕は、物語に出てくる『魔王』のように、世界を壊すつもりだから』



 綺麗な笑顔で言った、無邪気な顔をした、子供の姿をした『王様』のように、彼は言っていた。

 十八の誕生日にきっと目の前に現れるのだろうと考えながら、彼女は持っていた魔導書を静かに抱きしめる。


「……アリス」

「ん?」


「――まだ、俺達の事、憎いか?」


「……」


 突然この男は何を言っているのか、全く理解が出来ないアリスは黙ったまま隣に座っていたリチャードの事を見て、目を見開いて驚いた。

 しかし、リチャードは真剣な眼差しでアリスを見つめており、その目を見たアリスは静かにため息を吐きながら視線をそらず。


「どうして兄上を憎まなきゃいけないの……私にほぼ、魔力がなかっただけ。そんでもって、父上たちは、そんな私の存在を無視しているだけでしょう?汚点だから」

「それは……ッ」

「私にとって、『家族』はもうどうでも良い存在なの、わかって」

「アリス……」


「――しつこいのは、嫌いなんだよ、兄上」


 アリスとリチャードは、二度と、あのような関係に戻れない。

 父親だった存在が、アリスを手放してしまった時、リチャードはあの時父親と同じ行動をしなければ、きっとアリスは少しだけ救われたのかもしれない。

 しかし、リチャードは手放した。仲良くしていた、妹と言う存在を。

 だからこそ、アリスもリチャードの事についてはどうでもよかったのである。既に憎む事も、何もしなかった。手を伸ばしてくれる人たちが居たからこそ、アリスは生きているのだから。


 アリスにとって、その言葉が拒絶。

 冷たい目を向けられたことに反応したリチャードは、アリスから目をそらす。


「姫様」


 そんな二人の間に入ってきたのは、クロだった。

 クロが彼女を呼んだので、アリスが顔を上げてクロに視線を向ける。


「少女の方は寝ておりますが、応急処置はさせていただきました。姫様はケガをしておりますか?」

「大丈夫、エルシスは手を出してこなかったから」

「そうですか……しかし、厄介な事になりましたね、姫様」

「え?」


「あなたは、エルシスに気に入られてしまったみたいですから」


 笑顔でそのように発言するクロの姿に、嫌そうな顔をしながらアリスは彼に視線を向けてしまった。

 考えたくなかったのだが、多分クロの言う通りなのかもしれないとアリスは思いつつ、再度深くため息を吐いた。


「……強くならなきゃ、いけないかな?」

「そうですね、強くならないといけないかもしれないです。十八歳までには……『傲慢』である彼、『ルシファー』と交流を深めないといけないですね」

「……」


 『傲慢ルシファー


 魔導書、『七つの大罪』の中に封印されている一人であり、クロとシロが言うならば、この魔導書の中で一番、最強とも言われている存在らしい。

 しかしアリスは一度だけ召喚に応じてくれたことがあったのだが、それ以降召喚に応じる事はない、気難しく、何を考えているのかわからない相手だと言うのが第一印象だ。

 しかし、あのエルシスも『傲慢ルシファー』に対して一目置いているように感じた。


「……とりあえず、何とかしてみる」

「うん、それは良い事ですね、姫様」

「良い事、なのかな?」


 少しだけ不安そうな課をしながら答えるアリスに対し、クロは笑いながらアリスの頭を優しく撫でる。

 恥ずかしそうにしながら頭を撫でられているアリスにの姿を、隣で驚いた顔をして見つめているリチャードが居たなど、気づかないまま。

 

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