第27話、兄は今でも夢を諦めていなかった③
「アスモデウス、姫様が穢れるので、離れてください」
「穢れるって酷いわねクロちゃん、私は、ご主人様を堪能しているのよ~」
「もう一度言います、穢れる、離れろ」
「黙れ、『嫉妬』の分際で」
「ウルサイ、『色欲』のくせに」
「……ちょ、二人とも、お願いだからここで喧嘩、やめて」
クロとアスモデウスの二人は、何故か仲が悪い。相性が悪いのだと間に入っていたシロがよく言っていたことを思い出しながら、アリスは二人の間に入り喧嘩を止める。
アリスが声をかけると、お互い睨みあいを続けた後、そのまま視線を別の方向に向け、そっぽを向く状態になっていた。
ため息を吐きながら、アリスはアスモデウスに再度視線を向けた。
「アスモデウスさん、連絡はしてくださいましたか?」
「ええ、ここからだと十分か二十分かかるって言っていたわねぇ……とりあえず、人が来てくれるらしいわ」
「そう、ですか」
「……しかし、本当。『アレ』が封印されていた場所だなんて知らなかったわよ。時代よねぇ……逃がしたことはかなり痛手だし、十八にもなれば姿を見せるって言うけど……ねぇ、ご主人様、それ信じていいの?」
「……信じていいと思いますよ。少なくとも、私の目には嘘を言っているようには見えませんでしたから」
お人よし、なのかもしれないとアリスは思ってしまったが、あの時エルシスが笑いながら言っていた時、彼の瞳には嘘を言っているようには見えなかったからである。
あの言葉は信じていいと思ったアリスは、そのまま彼を逃がした。いや、逃げられたと言っていいと思う。
エルシスと言う存在は、今のアリスでは全く勝てる相手だと思っていない。もちろん、クロ、シロ、そしてケルベロスが束になっても、止められる相手だったのだろうかと考えられるほど。
「ご主人様」
「あ……すみません、アスモデウスさん」
「ほら、兄上様も飲んで」
「……すまない」
「あなたはどうでも良いけど、一応ご主人様の身内だもの。死んでもらったら困るからね」
彼女の瞳は明らかに嫌悪している目をしているが、それでも気を使ってくれたのだとリチャードはそのように思うようにした。
渡された飲み物を静かに、一口飲んだ後、中から温かさを感じる。お互い飲み物を味わうようにしながら飲んだ後、アリスは答える。
「兄上、お願いがあります」
「……なんだ?」
「一つ、今回の事は内緒にしておいてください。もし、言ってしまったらきっと巻き込む事になる……あんなの、冒険者ギルドたちには負えないです」
「……わかった」
「もう一つ……私が召喚術を扱える事、クロやシロ、ケルベロスやアスモデウスさんの事は秘密にしておいてください。特に、父上とかに言ったら余計にめんどくさくなりそうなので」
「……本当に良いのか、それで」
「うん、それでいい。さっきも言ったけど、今で十分幸せだから」
そっと、笑うようにして答えるアリスの姿に、リチャードは何も言えなかった。ただ、用意された温かい飲み物を飲みながら、彼女が楽しそうに笑うその姿を、見つめる事しかできなかった。
きっと、これからも彼女は言わないだろう。特にアリスとリチャードの父親にそのような事を言ってしまったら、間違いなくめんどくさい事になる。あの父だからこそ、余計だ。
静かに息を吐き、落ち着き始めているリチャードの横で、アリスは再度、魔導書を開き、その中に書いてある文字を静かに見つめた。
「……
『
魔導書を手に入れて半年後、アリスはいつものように召喚術の文字を解読しながら読み続けていた時、うっかりとその名を口にした。
まさかその声に応じて出てくるとは思わなかったので、驚いてしまったアリスが目にしたのは、長髪の髪、右目が赤、左目が金の色をした両目を持つ、この世で最も尊い美しさを持った青年だった。背中には大きな、真っ黒い翼を生やしている。
彼は突然アリスの前に姿を見せた後、そのまま右手をアリスに伸ばし、頬に触れる。ひんやりとした冷たさがアリスの全身を襲った。
「――私を呼んだのは、お前か?」
美しい唇がゆっくりと動き、そのままアリスを冷たい瞳で見つめる。
子供ながらすぐに理解した――彼は、この世界を破壊するほどの力を持つ、『悪』に染まった存在だと言う事を。クロやシロとは違う、別の意味での恐怖がアリスに襲い掛かる。
しかし、アリスは負けるつもりはない。自分でこの魔導書を手にしたのだから、恐怖に負けるわけにはいかなかった。
息を静かに飲み、まっすぐと目の前の青年を見た。
「……うん、呼んだのは私。けどごめんなさい……本の解読をして、うっかりあなたの名前を呼んでしまった。許してほしい」
「……」
まっすぐな瞳で答えるアリスの姿を見た青年は、一瞬驚いた顔をしながら再度、小さい新しい主を見ながら、呟く。
「……私の殺気に動じず、私を見るか。お前が新しい『主』と言うわけだな……名を聞こう、新たな主」
「アリス……私は、アリス・リーフィア」
「了解した、 『
「……あなたは、強いの?」
ふと、疑問に思ってしまった事を口にしてしまったアリスは、少し恥ずかしそうにしながら視線を逸らすと、それまで無表情だった青年、ルシファーはフッと笑って、答えた。
「私はその本の中では、一番罪を重ねている存在だからな……」
一体それはどういう意味なのか、アリスは理解が出来なかった。
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