第28話、兄は今でも夢を諦めていなかった④


 アリスはまだ、この『七つの大罪』と言うものがどういうモノなのか理解していないし、これからも理解するつもりはない。

 何故そのように思ったのかは、アリスと話をしたルシファーの表情が何処か悲しそうに見えたから、ただそれだけの理由だ。

 本を強く抱きしめるようにしながら頷いたアリスとルシファーは最後に目を合わせ、軽くコンタクトを取った後、そのままルシファーは静かに消えていき、本の中に入っていく。

 一人のなったアリスはもう一度ルシファーを召喚しようとしたのだが、その後もルシファーを召喚する事が出来なかった。今、呼ぶ事ではないと言われているかのように。


 あれから今まで、彼を召喚する事は出来なかった。

 もしかしたらこれからも、自分の呼びかけに答えてくれないのかもしれない。

 しかし、呼びかけに答えてくれなければいけない理由が出来てしまった。

 アリスは昔開いたページを開き、そこに書かれている文字に視線を向けながら、静かに呟いた。


「……ルシファーさん、きっと呼びかけに答えてくれないと思います。私、多分まだ未熟中の未熟だし、そもそも魔力と言うものがあまりない落ちこぼれです。それでも……十八歳の誕生日を迎えたら、エルシスと言う人が私の前に現れます。聞くだけで大丈夫です」


 指先で、ルシファーの文字が描かれている所をなぞる。


「――私、もっと強くなりますから、その時にまた呼びかけに答えて、私の前に姿を見せてくれないですか?」


 本は何も答えない。

 周りは、何も聞こえない。

 リチャードも、近くに居たアスモデウスも不思議そうな顔をしながらアリスに視線を向けていたその時だった。

 突然、本が黒く光りだし、その姿を見たアリスは驚いてアスモデウスに視線を向けると、彼女も少し驚いた顔をしながら呟いた。


「ちょ、答えてるんだけど『アイツ』」

「え、ちょ、こ、これ、私のせい!?」

「まぁ、ご主人様のせいなのかもしれないけどねぇ……アイツ、ある意味面倒見がいいし。ほら、よく見てご主人様」

「よ、よく見て……?」


 何をよく見るのかわからないアリスは慌てるばかり。

 何故魔導書が光りだしたのか、しかも黒くと考えると慌てることしかできなかったのだが、そのまま彼女の目に映ったのは、黒い、一枚の羽根だ。

 羽根が姿を見せ、光がなくなると同時に、その羽根も本の下に落ちていく。


「黒い、羽根?」

「アイツ、後ろに翼がばさぁって生えていたでしょう?」

「あ、はい」

「これはその翼の羽根だね。しかもかなりの魔力がこもってる……身に着けていれば、きっと守ってくれる……やつかな?」

「……ルシファーさん」

「……アイツ、随分気に入ってるんだろうね、間違いなく」


 少し嫌そうな顔をしながら呟いているアスモデウスの姿など全く知らないアリスは目を輝かせながら渡してくれた黒い羽根を大事そうに握りしめる。

 ふと、嬉しそうに笑う姿のアリスを静かに見つめながら、リチャードは拳を強く握りしめた。


(……あんな顔になれるんだ)


 手放してしまった妹だった存在は、どうやら幸せらしい――それを考えながら、リチャードは自分自身の行いを改めて悔いりながら、握りしめる力を強くしていた。


「……アリス、一応お前には言っておくことがある。父たちには話していない話だ」

「え、何?」


「……卒業したら騎士になって、結婚する」


「…………え、けっこん?それって美味しいの?」

「頭が混乱してるわね、ご主人様」


 混乱するのも無理はなかった。

 アリスは『結婚』と言う言葉を一度も聞いたことなかったので、流石にそれにはショックだったのか、固まった状態で隣に座っているリチャードに目を向けていた。

 リチャードもそのような反応は想定内だったので、アリスに目を向ける事なく、応急手当てをしてもらって横になっている少女に目を向けた。


「結婚相手はあの子だ……うちは反対されそうだが、あの子の両親にはもう話してあるし、俺は向こうの婿養子になる予定だ。あの子の父親は騎士団長を務めているし、伯爵家だしな」

「え、じゃあ伯爵家に婿養子で?」

「ああ。長男が後を継ぐらしいしな……しかも、うちより心が広い人たちだ。アリスにも合わせたいぐらいに、な」

「そうなんだ……本当、良かったね兄上」

「ああ」


 安心している兄の姿を見つめながら、アリスは再度、結婚する予定の少女に目を向ける。

 優しそうな顔をしているのはアリスでもわかっているし、リチャードとアリスの二人はお似合いカップルだと言うのも理解出来た。

 それと同時に、兄は自分の進むべき道を見つけているのだが、アリスはまだ見つかっていない。それだけがちょっと悔しい気持ちになる。


「……私の、将来かぁ」


 思わずそのような言葉を呟きながら、影で兄の事を応援してあげようと少しだけ思うアリスだった。

 

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