第3章、地味令嬢は悪魔と呼ばれた侯爵の子息に再度求婚される。

第32話、一部だけ説明してみる。①


 アリス・リーフィアは固まった状態のまま、ただいま図書室から出る事が出来なくなってしまった。

 汗を流しながら視線を逸らすようにしつつ、彼女は両手に抱いているケルベロスの三つの頭の一つを撫でる事しかできない。

 ケルベロス一匹、いや頭が三つあるので三匹と言うべきなのか、とりあえず視線をそらしながら、無の状態のまま、撫でなければいけない。ケルベロス達は嬉しいのか気持ちよさそうにしているのだが。


 そんなアリスをはさむようにしているのは、右にはこの国の第三王子、リアム・グレイシアと左にはアリスに求婚してきた男、『悪魔』と呼ばれているアーノルド・クライシスだ。


「――説明を、してくれるとありがたいんだがな、アリス?」

「ひぃ……ご、ごめんなさいごめんなさい!なんだかよくわからないけどごめんなさい!」

「……アーノルド、怯えているからその顔はやめろ。笑っているようで笑ってないぞ、お前」

「……殿下は知っていらっしゃったのですか?」

「色々とあって、一応説明は受けている……詳しくは、聞いていないがな」

「……ちょっと失敗して、見られちゃったので……はい」

「……はぁ」


 呆れそうな顔とため息を吐いているアーノルドに対し、アリスの心は落ち着かない。

 これからも魔導書、『七つの大罪』の事と召喚術が使えると言う事は内緒にしておこうと思っていた。この事を知っているのはごく一部だし、兄のリチャードも、そして隣に居るリアムも簡単に口を開く相手ではないと知っているからこそ、今まで内緒にしていてくれていた。

 しかし、アーノルドはどうなのか、アリスには見当もつかない。

 覚えている彼女に対し、アーノルドはこれ以上追及していいのだろうかと悩んでしまう程。

 一体どのように説明した良いのかわからなくなっているアリスに対し、アーノルドは問いかける。


「……召喚術を扱えると言うのを知っているのは、俺と殿下、それとアリスの兄だけか?」

「は、はい……それと、祖父には事情を説明しております……」

「そうか……アリスの祖父は有名な魔術師だったな。兄以外の家族は知らないのか?」

「……お話したと思いますが、私は居ないモノとして扱われておりますので、父たちは知りません」

「なるほど、『七つの大罪』か……魔導書はアリスの他にも触れる事は出来るのか?」

「いえ、触れる事が出来るのは所有者だけだと、説明を受けた事があります……現に以前リアム様が試しに触れようとしたら触れられなかったらしくて……」

「まるで何かに守られているような感じで、触れる事すら出来なかった」


 アリスが持つ、『七つの大罪』の魔導書は、所有者のみしか触れる事が出来ないらしい。元々誰にも触れさせる事がなかったので、まさか自分だけしか触れられないと言う事に、リアムが触れようとした時にそんな事があるのだと驚いてしまった。

 アーノルドは置いてある魔導書に手を伸ばそうとしたが、確かに何かに守られているかのように触れる事が出来ない。頭を撫でられていたケルベロスの一匹がフンっと鼻を鳴らしながらアーノドルに言う。


「フレラレルノハアルジダケ。トクニ、オマエノヨウナヤツニハゼッタイニフレラレナイシ、ツカエルコトハデキナイ」

「ほぉ、それは何故だ?」

「『ナナツノタイザイ』ヲアツカエルノハモトモトマリョクガアマリナイニンゲンノミ。コノセカイニソンナニンゲンタチハゴクイチブシカイナイ。アルジハソノヒトリダ……オマエハ、マリョクガオオイ。ダカラムリダ」

「無理だー」

「むりだよー」


 鼻を鳴らして小馬鹿にするケルベロス一匹に同調するように、他の二匹も楽しそうに笑いながらアーノルドに向けて答えている。それが、もしかしたら気に入らなかったのかもしれない。

 同じように鼻を鳴らし、視線を逸らすようにしながら怒りを抑えているアーノルドの姿に、アリスは何も言えなかった。

 アリスはほぼ魔力のない、『魔力なしの地味令嬢』だからこそ、『七つの大罪』を所持する事が出来る。

 この世界は、魔力を持つものが多ければ多いほど優遇される。アリスはその下の下以下だと言う事。

 バカにされている事も、無視される事も、アリスにとっては興味ない。寧ろ、アリスには一番大事な事があるのだ。

 それは、リアムにも話したことはないし、アーノルドにも絶対に話す事は出来ない。


「……」


 ケルベロスの頭を撫でる手が止まり、気づいた彼らが声をかける。


「アルジ、オレタチハアルジノハンダンニマカセル」

「そうだよご主人様!僕たちは何が何でも味方だから!」

「姫様を守るのはボクたちだから!」

「……ありがとう、ケルベロス」


 勇気づける言葉がとてもありがたくて仕方がない。

 楽しそうに笑いながら、アリスは再度三匹まとめて頭を強く撫で、彼らもまんざらではないようで、楽しそうに撫でられている。

 リアムとアーノルドはそんな姿を見つつ、静かに呟いたのはアーノルドだ。


「……アリス」


 突然名を呼ばれびっくりしたアリスは、目を見開いてアーノルドに視線を向ける。


「は、はい!」


 勢いよく返事をしたアリスに、アーノルドは静かに笑いながらアリスに視線を向ける。

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