第18話、兄と妹④
「お二人は冒険者登録と言う事で宜しいでしょうか?」
「ああ」
「ええ、お願いいたします」
「ではまず、こちらの登録用紙に記入をお願いいたします……アリスちゃんは向こうで待っててね。メリッサに迎えに来てもらうように頼んでおくから」
笑顔でそれを言ってきたミリーナにアリスは何も言えなかった。
同時に、何も言ってこなかったメリッサに連絡されるのだろうと思いながら、汗を流す事しかできない。きっと、怒られるに決まっているとわかっているからである。
因みにアリスも登録しておきたかったのだが、どうやら後になりそうな予感しかない。
仕方なく、指定された場所に移動したアリスはそのまま近くの椅子に腰を掛け、周りに視線を向けてみる事にした。
以前覗いた時はかなりの人数の冒険者たちが居たはずなのに、今日はあまり人が居ないように感じる。鋭い視線を向けてくる男たちは居たのだが、本当にそれだけだ。
「よう、アリス」
その時、突然アリスの肩を軽く叩く男性の声が聞こえてきたので振り向くと、そこには笑顔で立っている大男の姿。アリスはその人物の顔を見て名前を言った。
「ダグラスさん」
「珍しいな、いつもだったら冒険者ギルドに入ってこねーのに」
「うん、あの人達を案内したのと……私も冒険者ギルドに登録しようと思って」
「ん、お前が?」
「うん。薬草採取とかだったらお金稼げるかなーと思って……」
「……そうか、それぐらい大変なのか?」
「まぁ、学園には行きたいなーと思ってるよ」
目の前の男性――ダグラスはアリスの隣の椅子に座りながら、考え込むような体制を取っている。
アリスはそれを横目で見ながら、何も言わず二人が紙に書いている様子を見ていた。
ダグラスはこの冒険者ギルドのギルドマスターをしている男であり、アリスとは古い知り合いと言う関係である。
元々はアリスの家で働いていた男なのだが、アリスが四歳の頃にやりたい仕事が出来たと言う事で辞めていき、今では冒険者ギルドのマスターをしている。
アリスにとってダグラスは今でも信用出来る相手でもあり、出て行った後もアリスの事を心配してなのか、たまに会いに来てくれたり、話をしに来ることもある。
アリスの現状を知っているからこそ、ダグラスは考え込んでいるのだ。
「……アリスは、学園に行きたいのか?」
「勉強したいからね。色々な古代文字とか研究したいなーって言うのもある」
「おいおい、いつから古代文字とかに興味を持つようになった、アリス?」
「うん、きっかけが三年前にあってね……どうせなら勉強してから出ていきたいなーって思って。ただ、学園に行くにはお金、必要でしょう?」
「だな……金、貸してやっても良いぞ?」
「はは、ありがたいけど流石にそこまで甘える事は出来ないよ、ダグラスさん」
勉強したいきっかけ――それは、『七つの大罪』の魔導書の解読をしたとき、アリスにとってそれは『楽しい』と思ってしまったからである。
楽しいからこそ勉強してみたい。例え、お金を自分で稼ぐことになったとしても、それでもやりたいことを続けてみたいと思ったからだ。
目を輝かせながら言い始めているアリスの姿を、ダグラスは親目線のように見つめながら笑い、それと同時に深くため息を吐く。
「あー……昔はあんな伯爵様じゃなかったんだけどなぁ……まぁ、一族は魔術師として有名だったからなーほぼなしの子供は受け入れられないんか」
「……仕方ないよ。本当だもの」
彼女の家系は魔術師と言う家系であり、祖父が有名な魔術師である為、一族は必ず強い魔力量を持ったモノが生まれるはずなのだが、アリスはその祖父の血を受け継ぎながらも、魔力がほぼない状態で誕生してしまった。親を選べるわけではないのだが、アリスにとって、生まれた場所がわるかったのだろうと割り切っている。
既にアリスの中では家族は見切っている。輝く目を見せる事なく、アリスはダグラスに笑いかけ、その笑いを見たダグラスは再度ため息を吐いた。
「……まぁ、勉強したいって言うのは良い事だと思うぜアリス。けど、金はどうやって稼ぐんだ?多分薬草採取だけじゃ絶対に足りないぞ?」
「ずっと貯めていたへそくりもあるし……まぁ、いざという時は稼いでもらうから大丈夫だよ」
フフっと笑いながらアリスはシロとクロの二人に視線を向ける。
シロは何か悪寒を感じたのか、アリスが目を向けた瞬間、身体を震わせながら辺りに視線を向けている姿があった。
ふと、ダグラスはある提案をアリスに聞かせる。
「もう一つ、簡単、とまではいかないが、家から出る事が出来る事あるぜ、アリス」
「え、何ダグラスさん!」
そんな方法があるのだろうかと言う事に驚いたアリスは目を輝かせながらダグラスは問いかけるが、彼はニヤニヤと笑いながらアリスの頭を撫でてはっきりと言った。
「――嫁に行くんだ!いい男を捕まえてな!」
その言葉を聞いた瞬間、アリスの期待していた気持ちが一瞬で冷めるのだった。
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