第42話、『傲慢』と『悪魔』①


「――アリス様でしたら、お部屋でお休みになっておられます、アーノルド様」

「ああ、すまなかったなカルロス。アスモデウスは?」

「アスモデウス様も同じく同じお部屋に」

「……そうか、ありがとうカルロス」


 深夜、アーノルドはカルロスに声をかけ、彼女が部屋で休んだと言う話を聞き、彼はそのままアリスが休んでいる部屋に向かう。

 扉の前に立ち、二回程ノックをしたが返事がない。

 寝ているのか、それとも調べ物をしているのかわからないが、第三王子のリアムが言うには、アリスは調べ物などをしている際は声をかけても全く反応をしないと言う話を聞いたことがある。

 邪魔にならないようにゆっくりと扉を開けて目に入ったのは、気持ちよさそうにベッドではなく、ソファーで横になりながら良い夢でも見ているのか、嬉しそうな顔をしながら眠っているアリスの姿が最初に目に入ってきた。


「……ベッドがあるだろうが、ベッドが」


 ベッドではなく、ソファーや床で寝るのが彼女のスタイルなのだうかと思いながら、アーノルドは部屋に入り、そのまま彼女を運ぼうと手を伸ばした時だった。



「――勝手にご主人様に触れるの、やめてくれる?」



 聞き覚えのない、少年のような、少女のような、聞き覚えのない声だった。

 手を伸ばす事をやめ、顔をあげてみると、そこにはアリスと同じ年頃の少年のような人物がアーノルドを睨みつけるように立っている。

 敵かと思ったアーノルドは腰に装備しておいた長剣を抜こうとしたのだが、月明かりに照らされて見えたその顔に見覚えがあったからである。


「……お前、アスモデウスか?」

「コンニチワ、アーノルド……勝手にご主人様の部屋に入るのやめてくれる?」

「部屋って……元々俺達が用意した部屋だ……お前、男だったのか?」

「ボクには性別はないんだよ。『淫魔』って言う魔物だからね……女の恰好でいると、結構色々と情報を引きだす事が出来たり、ご主人様が喜んだりしてくれるんだよ。この格好は元々本来の姿」

「……お前のその姿を、俺が見ても良かったのか?」

「本来ならご主人様に見せた方が嬉しいんだけどまぁ、ボクも油断していたからね。今日見た事を忘れてくれるなら、許してあげる」

「……」


 妖艶に微笑む少年――アスモデウスに対し、アーノルドは警戒を怠らない。

 数時間前に見せたあの時の殺気を、アーノルドは覚えている。

 当然、アスモデウスの瞳が睨んでいると言う事もわかっており、勝てる相手ではないとわかっているのだが、それでも譲れない事がある為、死ぬわけにはいかない。

 ふと、アスモデウスの瞳がそらされ、アリスに視線を向けられながら静かに呟いた。


「……そう言えば、君の妹、ご主人様……アリス様と同じ、魔力がほぼないんだって?」

「ああ……おかげで引っ込み思案になった。親戚から色々言われたからな」

「けど、君は蔑む事はしないんだ、アーノルド」

「当たり前だ、大切な家族の一人だからな。それにアルドはスフィアの事を大事に思っている良い兄だ」

「……アリス様の家族もちゃんと愛してくれたら、きっと家族の愛は得られたかもしれないね」

「……」


 アスモデウスの言葉に、アーノルドは何も言えない。

 アリスとスフィアは違う。例え、同じ魔力があまりなくても、環境が全く違う。

 スフィアは愛され、アリスは冷遇された。存在がないものとされた。

 今もその関係は変わらず、アリスの家族は相変わらず彼女をないとして扱っているに等しい――アスモデウスは唇を軽く噛みしめる。


「ただ、魔力が少ししかないだけで、どうしてアリス様は家族に愛されなかったんだろうと何回も考えた事がある。優しくて、暖かくて、学ぶ威力があって……ボクにとって太陽なご主人様だ」

「……アスモデウス」

「……ボクはそんなアリス様を傷つける奴らを許せない。世界が許しても、ボクは絶対に許せないし、失いたくない」


 拳を握りしめながら答えるアスモデウスにどのような言葉をかければいいのかわからないアーノルドは何も言えず、アスモデウスに視線を向けているのみ。

 ふと、アスモデウスが再度アーノルドに目を向けて、細めながら問いかける。


「ねぇ、アーノルド」

「……なんだ?」



「――どんなことをしてでも、どんな結果になっても、アーノルドはアリス様を守る事が出来る?」



 突然、何故そのような発言をするのかわからず、驚いた顔をしながらアーノルドはアスモデウスから目をそらす事はない。

 アスモデウスも同じようにアーノルドに視線を向け、静かに見つめている。

 そのまま数秒、数十秒、数分立ったのかわからないが、長く感じながら、アスモデウスにアーノルドが静かに頷いた。


「――ああ、そのつもりだ」


 ――彼女を幸せにしてあげたい。


 報告書を読んだ時、弟と話し合った時、アーノルドの頭の中には常にアリスが居た。

 彼女を幸せにしたい、と言う願いが、アーノルドの頭に言葉として過ったのである。

 

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