第58話、アリス、外に出る。②


 どのように騙されているのか不思議で思ってしまったのだが、アーノルドはその考えもさせてくれないらしい。

 アリスの手を引っ張りながら、外に連れていく姿を、追いかけようとしていたアスモデウスが手の動きを止める。


「……」

「どうやら魔導書を持たせないまま出かけさせるみたいですね」

「……」


 笑顔で背後に立っていた、アスモデウスが最も嫌う男がそのように答えたので、アスモデウスは不貞腐れたような顔をしながら後姿を引きずられるように言ってしまった自分の主人を見つめてため息を吐く。

 嫌う男――クロの言葉に無造作に置かれている『七つの大罪』の魔導書に視線を向けながら、アスモデウスはクロに向けて答える。


「たまには僕たちの存在を忘れてもいいんじゃないかなーと思ったのだけど……まぁ、ほら、あの男もいるしー」

「不服そうですね、アスモデウス」

「……ご主人様に何かあったら、は絶対にあの男を許すつもりはないよ、何が何でも地獄の果てまで苦しんで殺してやるんだから」

「はぁ……まぁ、一理ありますけどね」


 そのように言いながら、クロはアーノルドとアリスの二人が外に出ていこうとする様子を見つめながら静かに呟く。


「……たまには、『外』に触れるのも、良いんですよ」

「は、何それ?」

「……僕たちのお姫様は、最近は一人でいる事が多い……十八歳の誕生日になったら、何が起きるかわからないのですから」

「……」


 アリスが十八の誕生日を迎えたら、きっと『あの男エルシス』が姿を見せる。

 あのような毎日を送る事が出来なくなるのかもしれない。

 もしかすると、『死』と言う現実を迎える事になるのかもしれない。

 だからこそ彼女は、『彼らアーノルドたち』から離れようとしたのに――アーノルドは全てを聞いても、その手を放そうとはしなかった。


「アーノルド様は、姫様の事を本当に大事に思っていると思います。だから、信用しても良いかと」

「……けど、納得できないの!」

「そうですね、あなたは『色欲』の分際で、『嫉妬』の僕より嫉妬深いんですから……今から変えてみます?」

「いやだねー!それに、お前が『色欲』だなんてキモチワルイ!いや、絶対に似合いそうで怖いんだけど!」

「ははは!あなた以上に僕は飢えている存在ですからねー」


 笑いながら答えるクロに対し、アスモデウスは改めて目の前の男が一番嫌いだと認識するのであった。

 拳を握りしめながら、一発この男をぶん殴ってしまおうか、と体制を整えていたその時、突然クロの表情が一瞬にして変わる。

 笑っていた表情が無表情になった瞬間、拳をしまうと同時に、別の方向に視線を向けると、そこには窓外を眺めている一人の人物――ルシファーが姿を見せている。


「珍しいですね、姫様の召喚のみ出てくるはずのあなたが、勝手に出てくるのを」

「……主が『俺達』を置いていくのは初めてだったからな」

「フフ、やっぱり心配なんですね、『傲慢』だから?」

「……『嫉妬』しているのか、レヴィアタン?」

「構ってくれないと、嫉妬深いんですよ僕は……まぁ、僕たちが傍に居る前は本当に普通の、ちょっと虐げられていた女の子、でしたからね」

「しかし、今は違う」


 ルシファーはそのように呟きながら、外に出て行ってしまったアリスたちに視線を向けたまま、何も言わない。

 まるで何処か愛おしそうに、恋人を待つかのような、そんな感じの横顔に見えてしまったなんて、死んでも言えないとアスモデウスは思った。

 アリスとアーノルドの二人の姿を見ていたルシファーはクロに視線を向ける。


「レヴィアタン、一応ベルゼブブ……いや、ケルベロスか。彼らを連れていくか?」

「まぁ、護衛としては成り立ちますが……ただ、今回はそっとしておいても良いんじゃないかって思ってます。以外にルシファーも心配性なんですねー」

「……心配、はするだろうな。エルシスの事もそうだが――」

「……ご家族の事、ですか?」

「ああ」


 エルシスの事もそうだが、ルシファーが考えているのはもう一つ――アリス・リーフィアの家の事だ。

 きっと、もう一つの難点はそこなのかもしれないと思いながら、アリスに視線を向ける。


「クライシス……あの男、アーノルドが言っていた。彼女の家の問題も片付けないといけない、と」

「そうですね……僕とサタン……いいえ、シロはお目付け役と教育役としてなるべく外に出てあの屋敷で過ごしていたのですが……ご家族の方は見た事ないですね。絶縁されたお兄さん、リチャードぐらい」

「……」


 ルシファーは殆ど自分で本の外に出る事はない。

 だからこそ、彼女の環境がどのような環境で育ったのかわからない。彼女の傍に居たのはクロとシロの二人を中心に回っていたのだ。

 エルシスの件をアーノルドに話した時に家族の件について話が出たので、ルシファーがそこが気になっているのであろう。

 静かに、何も言わず窓の外から見つめているルシファーに対し、フフっと笑うようにしながらクロは彼の隣に立つ。


「気になるならあなたが行ったらどうですか、ルシファー?」

「……俺が、か?」

「ええ、たまには良いかもしれないですよ。アスモデウスと一緒に行ってみたらどうですか?気づかれないように後をついていく、感じで」

「……」

「良いんじゃないルシファー、ボクもついでにケルベロスも出していこうよ!アーノルドはメイドのシファと執事のカルロス連れていくみたいだし!」

「……」


 嫌そうな顔をしてはいなかったが、クロとアスモデウスの発言を聞いたルシファーは無表情で、少し複雑な表情を浮かべていたのだった。

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