第30話、将来を考える②


 今回の事、少しだけ自分のせいなのだと思っていたのかもしれない。ルシファーに言われた瞬間、胸に痛みが来た。

 何かが刺さるような感覚を感じたアリスは赤く染まっていた頬が、一気に青く染まる感覚を覚える。

 ルシファーは彼女の頭を優しく撫でた後、そのまま頬に触れる。


アリス

「ッ……」

「泣くな、泣くとどのように声をかけたら良いのかわからない」

「な、泣いて……いません!」

「目に涙が溜まってる」

「ッ!!」


 指摘されてしまったため、アリスは急いで両手で涙を拭きながら、再度ルシファーに視線を向けるが、彼は相変わらずいつもの無表情のままだ。

 唇を噛みしめるようにしつつ、アリスは自分の涙を引っ込めながら、視線を逸らす。


「……リチャード、兄の仲間が死んだのは……私たちの血のおかげです。あの場所には近づいてはいけなかったんだ」

「しかし、知らなかったのも事実だろう?起きてしまった事はしょうがないんだ、アリス

「そう、ですけど……」

「自分を責めるな、そして、死んだ者たちは帰ってこない」

「……」


 死んだ者は戻ってこないのは当たり前だ。二度と、生き返る事などないのだから。

 しかし、それでも、何を言われても、アリスにとって今の気持ちは、罪悪感しかなかったのである。例え、何を言われようとも。

 リチャードもきっと、同じ気持ちだろう。もしかしたら何処かで悲しんでいるのかもしれない。顔から出さないだけで。


 ――今更、気にしたって意味がないのに。


「……エルシスは、何者なんですか、ルシファーさん」

「……」


 アリスの問いかけに、ルシファーは答えない。

 彼は、答えていいのだろうかと言う、少し難しそうな顔をしているように見えた。聞いてよかったのだろうかと、思わせられるぐらい。

 沈黙をして数分後、ルシファーは静かに息を吐きながら、答える。


「……私から言っていいものかはわからない。私は所詮、この中に封印された『魔物』だ……だが、エルシスと私は、ある意味同じような存在なのかもしれないな」

「それって……」

「この中に居るのは間違いなく、『魔物』……罪を犯し、罪人達を裁けなかったからこそ、封印された魔導書なんだ……いわば、私たちはこの世界の物語に出てくる『魔王』のような存在でもある」

「え……」

「因みに、この魔導書を作った人物は、ある意味『勇者』のような人物……だったと思いたい。性格が悪かったからな」


 ルシファーにとって、その相手が勇者だと言うならば、一体どんな人物だったのだろうと不思議に思ってしまったアリスだったが、ルシファーはどうやらその話をしたくないらしく、再度口を閉ざしてしまう。

 物語のようにうまくいかないモノなのだろうかと考えながら、アリスは息を吐き、再度魔導書に視線を向ける。


「……エルシスはこの本には入れなかったの?エルシスも魔王、みたいな存在だったんだよね?」

「さっきも言っただろう。私とある意味同じ存在だと……しかし、エルシスの『罪』は私以上に深いし、同時に私以上になる事は出来なかった」

「……それは、どういう意味?」

「……」


 もし、エルシスがルシファーと同じような存在だと言うのであれば、この魔導書に封じ込める事は出来たのではないだろうか、とアリスは考えたのだが、ルシファーは首を横に振っている。


「一応聞いてみるが、エルシスはお前の声を聞き、従うと思うか?」

「……思わないかも」

「エルシスは自由だった。縛りのない、心が私以上に真っ黒な存在だったんだ」


 褒めているのか、貶しているのか、アリスにはわからない。

 ただ、その時見せたルシファーの表情は何処か寂しく、辛そうな顔をしていたのである。

 エルシスとルシファーの関係は、アリスにはわからない。しかし、あの二人には何かあるのであろうと考えてしまった。

 それ以上言った所で、エルシスについては何もわからないだろうと思ったアリスは、魔導書を強く抱きしめた。


「ルシファーさん」

「なんだ、アリス?」



「――私、強くなれるかな?心も、身体も」



 本来ならば、今の自分自身はこの魔導書にふさわしい相手ではないのかもしれない。

 しかし、アリスはこの本を手放すつもりはない。

 手放してしまったら、きっとアリスは後悔する。


 アリスにとってこの本は『家族』が入っているのだから。


 まっすぐな瞳で見つめてくるアリスの姿に、ルシファーは何も答えない。再度彼女の頭に手を伸ばし、優しく触れた後、その言葉を言う。


「強くなるのもお前次第だ。少なくともこの中に居る者たちは、お前を見捨てる事はない」

「え……」


「俺たちは、お前を選んだんだ、アリス


 前に進んだのも、手を伸ばしたのも、『彼ら』だった。

 アリスは、選ばれた存在――どんな理由があったとしても、彼女を手放す気はないのだ。


「…………それに、私たちはお前たち家族をどうやって殺すか考えている所でもあるしな」

「え、何か不吉な言葉が聞こえたのは気のせいですか?」

「気のせいだ」

「いや、家族を殺すって言ってましたよね!ルシファーさんはそんな事言わないと思っていたのに!!」


 まさかそのような発言がルシファーの口から出てくるとは思っていなかったアリスは真っ青な顔で詰め寄ったのだった。


 

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