第48話、約束⑤
リアムの事はとりあえず頭の奥の方に置いといて、アリスは食事をしているスフィア、そしてアルドに視線んを向ける。
スフィアはそのままと言う感じの子供なのだが、アルドは逆に子供と言うより精神が大人のように見える。
話し方もとても丁寧で、一体どのように教育したらこのようになるのだろうかと思いながら、思わずアルドを見つめていると、その視線に気づいたのかアルドはアリスに声をかける。
「僕の顔に何かついていますか、アリスさん?」
「あ、い、いや……気を悪くしたなら謝る」
「いえ、別に悪くなってませんから大丈夫ですよ。ただ、ちょっと気になってしまっただけなので……」
「そ、それなら良いんだけど……アルド、くん……あ、アルド君って呼ぶね……その、アルド君はどうしてそんなに大人っぽいのかなー……なんて思って」
「……『アルド君』ですか……まぁ、良いでしょう。大人っぽいってわけではないですよ。僕はそうですね……兄のアーノルドに憧れてと言うのもありますし、スフィアの事もあります」
「あ……」
「――この世界は、魔力が多ければ多いほど、えらい世界ですから。特にこの国は」
アルドの言う通り、この世界は魔力が多いほど多ければ上に行く事が出来る、世界。
アリスもその事を実感している。
特にこの国にとっては、魔力が全てと言えるだろう。
すぐにアリスはアルドが言っている事が理解できた――アルドはスフィアの為に、このような性格になったのだと。
彼女を守るために、早く『大人』と言う道を歩んだのだと。
「……ちょっと、スフィアちゃんがうらやましいかも、です」
「え?」
「……私の家の事は、アーノルド様から聞いて、います?」
「ええ、一緒に調べましたから」
「……何を調べたんだろう」
真顔で答えるアルドに対し、アーノルドと一緒にアリスの家をどのように調べたのだろうと思ったのだが、彼女はそれ以上考える事をやめた。
美味しそうに朝食を食べているスフィアを見ながら、アリスは彼女の事がうらやましいと思ってしまうのも無理はない。
スフィアは家族に愛されているのだ。
「……私の家は有名な魔術師の家系です。そんな魔術師の家系に魔力がほぼないモノが生まれてしまったら、迫害されるのは当たり前です。魔力診断の際に、父は私を家族と認めなくなりました。母も同じ。仲が良かった兄ですら、私の事を無視して……私には家族と呼べる存在が居なくなってしまった」
「……」
「でもスフィアちゃんは、あなたにも、アーノルド様にも、すごく愛されているから……うちの家族もアーノルド様達のような人たちだったら良かった」
『――魔力のない娘など、私の娘ではない』
今でもアリスはあの言葉が頭の中から放れる事はない。
冷ややかな目で、アリスの事を人間だと思っていなかった、あの時の目はこれからもずっと、忘れる事はないだろう。
それからずっと一人で暮らしていたが、それでもアリスが生きてこられたのだは使用人の人たち、街の人たちがアリスに手を伸ばしてくれたおかげで今の彼女が居る。
そして――アリスには『七つの大罪』の彼らが、守ってくれている。
「今でも……父の言葉が頭に過ります。『私の娘ではない』と言われたあの言葉が時々フラッシュバックして、苦しくなって……忘れたいのに、忘れさせてくれないんです」
「アリスさん……」
悲しそうな顔をしているアリスの姿を見たアルドは何も言えなかった。
報告書で読んだだけの彼女の過去――しかし、それ以上に彼女の心を抉っていたのかもしれないと考えると、何を彼女に言えばいいのかわからない。
家族に愛されない気持ちはどんなモノなのだろうか?
アルドがどのように言葉を返したらいいのか考えていたその時、アリスを覆いかぶさるように大きな影がアリスの身体を包んだ。
突然影が出来た事に驚いたアリスが視線を向けると、そこには顔を寄せている男――アーノルド・クライシスの姿があったのである。
彼が背後から現れ、しかも距離が近い事に気づいたアリスはその場で硬直して言葉が出ない。
「おはよう、アリス」
何処か優しく、ぶっきらぼうな言葉――それでもアリスは未だに慣れる事はない。
「あ、兄さんおはようございます」
「お、おにいちゃ……お、おはようございます」
「ああ……どこに行ったと思っていたら、アリスの所に行っていたのか……カルロス、軽いモノで良いから俺にも何か食べれるものを持ってきてくれ」
「承知いたしました。椅子もご用意します」
「ああ、頼む」
カルロスが部屋から出ていき、アーノルドはアリスが座っている椅子に軽く体重をかけながら静かに欠伸をする。
その欠伸に気づいたのはアルドだ。
「あれから寝ていないのですか、兄さん」
「……ちょっとアリスの事で話していたからな、『奴ら』と」
「え……」
「やつら?」
『奴ら』と言う言葉に反応したのはアリスだ。
アルドもスフィアもまだ『七つの大罪』については話をしていないのだが――。
驚いた顔をしながら硬直から解けたアリスはアーノルドに視線を向けると、彼はフッと笑いながらアリスの頭に手を置いた。
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