第16話、兄と妹②


 驚いた顔をして落としそうになったモノを反射的に急いで掴み、アリスはメリッサにそれを渡す。

 メリッサも驚いた顔をした後すぐさま気づいたかのようにアリスに申し訳なさそうにしながら一生懸命謝り、急いで持っていたモノを全て置いて手放した。


「……リチャード様がこちらを見ていた、と言う事ですか?」

「うん。確か夏休みだから数週間家に居るんだよね?」

「ええ、そのようです……しかし、そうですね、リチャード様が……」

「メリッサ?」


 メリッサは何かを考えこむかのようにしながら、アリスの言葉に耳を傾けようとはしない。いや、そもそもメリッサにとっても、リチャードの行動は理解が出来ないのかもしれない。

 現にアリスですら、リチャードの行動に疑問を抱くしかない。

 何故あのように、今更になってアリスの居室を見ていたのか、首をかしげたくなるぐらいだ。

 メリッサの真似をするかのように、アリスも同じように首をかしげていると、その視線に気づいたのかメリッサは急いで声をかける。


「も、申し訳ございませんアリス様……紅茶、覚めちゃいますね。飲みましょうか」

「うん」

「……アリス様」

「ん、何メリッサ?」


「――もし、リチャード様がお声をかけてきたら、アリス様はどうしますか?」


 紅茶をカップの中に入れながら、少し神速そうな顔をしながら言ってきたメリッサに対し、アリスは少し驚いた顔をする。

 リチャードがもし、声をかけてきたならば――アリスは昔のリチャードの顔を思い出していた。

 昔はまだよかった。

 隣に居て、一緒に遊んでくれて、優しくて、温かい存在だったリチャードはアリスにとって憧れの存在――だったはずなのだが、今はそんな事すら、頭の中に過る事はない。

 今、アリスにとって『家族』と、『大切な人たち』はメリッサたちや、そして秘密の『家族』なのだから。

 近くにおいてあった魔導書、『七つの大罪』に手を伸ばし、優しく抱きしめるようにしながらメリッサの問いに答える。


「変わらないよ、メリッサ」

「しかし、アリス様ッ……」


「――私にとって、前の家族なんて、どうでも良い存在だもの」


 アリスは既に諦めている。

 それも、拗れるようにしながら、いつの間にか彼女にとって、『家族』は『彼ら』ではなくなっていたのだから。

 『七つの大罪』に存在する者達こそ、今のアリスにとって大切な存在たちなのである。


「……ただこのままだと学園にすら通わせてもらえない気がしてきたよ。何処かでアルバイトするところ探そうかな」

「なな、何行ってらっしゃるんですか!?」


 引きつった笑いを見せながら答えるアリスに対し、驚いた顔をしながら彼女を止める言葉を投げかけるメリッサだった。



  ▽ ▽ ▽



「姫様、『冒険者』の仕事はいかがですか?」

「え?『冒険者』」

「ええ、『冒険者』です」


 メリッサが部屋から出て行った後、いつもの二人を召喚してアリスは部屋の掃除を行っている時、同じように部屋の掃除を手伝ってくれるクロが突然何かを思い出したかのように彼女の言ってきた。

 突然そのような言葉を言われたことに驚いたアリスは首をかしげながらクロに視線を向ける。


「冒険者ギルドって確か、近隣の住民等から依頼を受け付け、それを仲介して冒険者に委託して……」

「そして 依頼を受けてお金をもらえる仕事です。幼い姫様でも薬草取りとかありましたら、その仕事を受けてお金をもらうって言う手もありますね」

「本でしか読んだことないからわからないけど……ただ、この街にはそう言うのあるって本屋の店主さんから聞いたことがある」

「私、クロとシロならば、きっと高ランクの仕事を受ける事が可能です……それならお金、結構溜まるかもしれないですよ?」

「……なるほどな、それで学園に行く金が溜まるってわけか」

「……ついでに高ランクの魔物退治とか出来るかもしれないですよ。最近暴れていないからストレスたまっているんじゃないですか?」

「……そういうお前もだろうが」


 最後の方だけアリスに聞こえないような声で話始める二人に首をかしげながら二人を見つめている。二人の表情は何処か悪人面をしているように見えるのは気のせいだろうか?

 しかし、クロの言う通り、これはある意味良い提案なのかもしれない。どうせ家族である彼らはアリスの事には関心がないし、ないような存在に扱ってきている。ならば、普通に抜け出してお金をためて、ついでに学園に通えたり、逃走資金とかも出来るのではないだろうかと考えたのである。

 アリスは嬉しそうな顔をしながら二人を見る。


「……すごく、良いと思う」

「決まりですね。では明日、私たちを召喚して冒険者登録しましょう」

「うんうん!」

「……本当にやる気かご主人様?」

「うん……シロはやりたくないの?」

「……まぁ、お前がそういうならば、俺は否定しないが」


 やる気に満ちた顔がシロに向けられているのが分かる。

 シロはそれ以上何も言えなくなってしまい、笑っているアリスとクロに目を向けながら、深くため息を吐くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る