第44話、約束①


『アリス、君が十八歳になったら、もう一度君の前に姿を見せようと思う』

『え……』

『それまでは何もしないし、手を動かさない……だけど君が十八になったら――』


『――僕は、物語に出てくる『魔王』のように、世界を壊すつもりだから』


 あの時の笑顔は絶対に忘れる事が出来ない。

 アリスにとって、エルシスにとって、あれは、『運命の出会い』と言っていいのかもしれないと彼女は考える。

 もし、本当に目の前に現れる事があったら、まず最初に行う事は、大事になってしまった人たちから離れなければいけない、という事。

 アリスが学園に来た理由は確かに勉強し、そして強く成らなきゃいけないと思っていたのだがそれだけではない。


 学園に来れば、自分たちに優しくしてくれた人たちから離れられると思っていたからだ。


 しかし、学園に来た事で新たに友人たちが出来てしまった。

 魔力がほぼなくても、それでも彼女に声をかけ、慕ってくれる人たちが何人か居た。

 図書室でまさか第三王子であるリアムと友人関係になった。

 そして――。


「アリス」


 まるで、自分の心に入ってくるかのように、アーノルド・クライシスがアリスに声をかけ、手伸ばして触れる。

 目の前の男が本当に自分に対して好意を持っているのかわからないほど、アリスはアーノルドの返事を断ろうとしたのだが、まるで心に入ってくるかのように彼は振り払う事が出来ない。

 いつの間にか言葉巧みに乗せられてしまい、まさか家に無理やり引っ越しをするためになるとは思わなかったアリスが次に目を開けると、そこには自分の顔を見つめているシロの姿と、朝の支度をしてくれているクロの姿があった。


「……シロ、クロ?」

「おはようございます、姫様」

「おはよう、よく眠れたか?」

「あ……うん……」


 何故二人が目の前に現れているのかわからないままアリスは起き上がり、近くに置いてあった魔導書、『七つの大罪』に手を置いていると、本の上に黒い羽根が置かれている。

 この羽根に見覚えがあったので、アリスはシロに視線を向けた。


「もしかして、ルシファーさんが来てたの?」

「あの男はあまり出られないからな……お前の様子を見に来たって言っていたぞ」

「なんだかんだでルシファーはあなたには甘いですからね……主、だからなのかもしれないですけど」

「……」


 ルシファーの召喚は、エルシスの事があってから行っていない。あの時以降、ルシファーを見る事はなかったのだが、まさか勝手に出てきて勝手に帰られてしまったらしく、アリスは思わず口を膨らましながら答える。


「出てくるなら声をかけてくれればよかったのに……」

「さっきも言ったが、アイツはお前の様子を見に来た……のと、少しだけアーノルドと言う男と話をしていたぞ?」

「僕達は本の中で見ているだけでしたけど」

「え……アーノルド様が?」


 アーノルドの名前が出てくる事に驚いたアリスだったが、クロ、シロの二人は驚く顔をしていない。

 何故彼が部屋に入ってきたのか全く理解できないアリスに対し、シロは静かに答える。


「……エルシスの事を話していたのではないか?」

「可能性はありますよね。あの人、意外に真面目そうな性格ですから」

「怒ると見境なくなるけどな」

「え、見境なくなるってルシファーさんの事?」

「「あの男の本性はやばいんだ」」


 ルシファーがそんな事する性格ではないと思っているアリスは驚いた顔をしながら二人に向けて答えるが、クロとシロも真顔でそのような発言をするので、その場で黙ってしまった。

 しかし、アリスはルシファーの事を最後まで知っているわけではないし、当然『七つの大罪』の中に居る人たちについては全く何も知らない。

 少しだけ、ルシファーの本性が知りたくなってしまったなんて言えないアリスは少しだけため息を吐いている二人に目を向けた。


「……でも、アーノルド様はどうして私の部屋に来たの?」

「様子を見に来たんじゃないか?」

「色々と心配している様子でもありましたしね」

「え、心配?」

「……って、アイツ……アスモデウスが言っておりましたよ」

「あ、そう言えば居ない……」

「少しだけ休憩したらまた出てくると言っておりました。彼……いえ、彼女が来るまでは私がお世話をさせていただきますね」


 楽しそうに笑いながら答えるクロの姿に、アリスは笑う事しかできなかった。

 アスモデウスがメイドであるならば、クロはある意味執事みたいな感じだ。

 契約した後、彼は色々と教えてくれたのだが、最終的にはアスモデウスと張り合うかのように洗濯、掃除を覚え、料理を覚え、最近では紅茶を入れる勉強をしているらしく、その話をするたびにシロは。


「練習相手は俺になっているんだ……」


 と、青ざめた顔ををしながら答える姿を未だに覚えている。

 最初の頃は飲める感じの紅茶ではなかったのだが、最近では美味しさを感じるほど上達していると言っていいのだろう。

 しかし、それに反発したのはアスモデウスだ。

 彼女も最近、紅茶の勉強をしていると、出てきた時にケルベロスの一匹が言っていた事を思い出しながら、鼻歌を歌っているクロに目を向けたのだった。

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