第02話、お客様と学園祭パーティーのドレス


 首をかしげながら問いかけるが、男性はまた笑顔に戻り、なんでもないと否定する。


「……で、そんな伯爵令嬢のアリスがどうしてこのようなお店の店番をしている?」

「え、ただのアルバイトですよ」

「アルバ……伯爵令嬢が何故アルバイトを?」

「さっきも言いましたけど、私は両親たちにはないものとして扱われているんです。昔は祖父に内緒でお金をもらいながら生活していましたけど、最近それがバレちゃって、無一文なんですよ。服買うお金すらなくて……もうすぐ学園祭があるんですけど、夜パーティーがあるんですよ……いつも使ってたドレス、寿命迎えちゃって……」


 涙目になりながら、アリスは一週間前の事を思い出していた。

 もうすぐ学園祭が始まり、夜にはパーティーがある。去年はなんとかなったのだが、同じドレスで大丈夫だろうかと出したところ、取り出したと同時に破れてしまい、お金を稼がないとドレスは買えない――と言う事である。

 因みにアリスがアルバイトをしている場所は雑貨屋。冒険者が使うポーションや、雑貨が売っている場所である。紹介してくれたのは平民の友人であり、アリスは数日前から学園に許可をもらってアルバイトをしている。

 許可が出るとは思わなかったのだが、許可を出してくれた学園長はアリスの家の状況を知ってくださる方だったので、すぐに了承してくれた。

 そして、現在に至ると言う事だ。

 その話をしたと同時に、黒い髪の青年の赤い瞳がギラっと輝いたと同時に、震えているように見えたのは気のせいだろうかと思いながら、アリスは目の前の男性に視線を向ける。


「あ、あの……お客様……?」

「……因みに、どのぐらい給ったんだ、アリス?」

「まだ半分以下ですよー。一応昔から貯めておいた分もありますけど……それでもまだ足りなくて……」

「……お前が着るドレスなら、そうだな……俺はブルー系とかが似合うと思う」

「え、そうですか?そんな事言われた事なかったので、お客様がそのように言うなら、ブルー系にしようかなー?」

「……」


 男性の言葉に、アリスは嬉しそうに笑いながら答えるが、青年は笑う事もせず、ただジッと見つめているのみ。

 何故、そのような視線を受けているのか全く理解できないアリスだったが、青年は静かに息を吐きながら、ふと、変な質問をする。


「アリス」

「ふぇ、あ、は、はい、何ですか?」



「――お前は、この世界が好きか?」



「……え?」


 突然、そのような発言をされたので、思わず驚いてしまったアリスは、一瞬言葉が喉に突っかかった。

 両親や下の双子の兄妹には、蔑ろにはされなかったが、ないものと扱っていた。メイドたちも命令で無視されることも多かった。

 学園では『魔力なしの地味令嬢』と呼ばれ、バカにされた事は毎日、何回もある。学園すら、敵だらけの存在――本来ならば、恨みがあってもいいぐらいの人生だったはずだ。

 しかし、それでも彼女、アリス・リーフィアにとって、この世界は――。


「好きですよ。例え必要とされてないと言われていたとしても、それでも私を愛してくれる人たちは少なからずいますから……私は、この世界が好きです」


 笑顔ではっきりと、アリスは告げる。

 幼い頃、命令を無視して声をかけてくれたメイドたちが居た。祖父は見捨てる事なく、声をかけて平等に接してくれた。

 学園では同じような境遇の人たちが何人かいたので、集まって話をするようになった。勉強会だってするようにもなったし、学園に入って兄から少しずつ、声をかけてくれるようになった。そして、図書室ではこの国の第三王子が声をかけ、読書仲間になってくれた。

 必要とされていない存在なのかもしれないが、それでも存在を認識してくれる人たちも居ると考えると、この世界を恨む理由などないと、アリスは笑顔で答えたのだ。

 男性は、笑顔で答える彼女の姿を見た瞬間、クッと声を出し、肩を震わせながら笑い始めている。そして、そのままアリスに手を伸ばし、頬に優しく触れた。


「え、ちょ……お客様?」

「……全く、絶望していると思っていたが、全くしていないのだからタチが悪い……まぁ、それでも、良い目をしているな、アリス」

「あー……ありがとうございます?」

「ククっ、やっぱり、あの第三王子に渡すには惜しい……うちで引き取りたいぐらいだ」

「え?」

「さて、俺はそろそろお暇しよう……ああ、これを一つ頂く」

「あ、ありがとうございます。えっと、銀貨二枚になります」

「釣りはいらない」


 男性は値段を言ったと同時に、そのままアリスの手のひらに銀貨ではなく、金貨を二枚握らせ、背を向けて店を出て行ってしまう。

 残されたアリスは呆然としながら、握られたものを確認し、それが銀貨ではなく金貨だという事に気づいて驚いたアリスは急いで店を出る。


「お、お客様、これ金貨で――」


 店を出たのだが、そこには既に先ほどの男性の姿が全く見えず、呆然としながらアリスは金貨を見つめる事しかできない。


「え、こ、これ、どうしたら良いんだろう……」


 このまま受け取っていいのだろうかと思いつつ、アリスは汗を流しながら立ち尽くす事しかできず、とりあえず店の関係者――店長が帰ってきたら相談してみようと思い、再度店の中に入った。

 店を入ったのを確認した黒髪の男性は、再度クスっと笑いながら、その店を再度視線を向け、ゆっくりとそのまま歩き出し、消えていった。

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