第03話、パーティーと突然の求婚


「うわぁ、アリス様どうしたんですかこのドレス!」

「うんうん、めっちゃ綺麗!」

「あ、あはは……ありがとう……」

「メイクとか髪の毛は私たちに任せてください!あ、眼鏡はどうします?」

「眼鏡しない方が絶対に美人ですよアリス様!」

「あ、それは勘弁して!眼鏡ないと前見えない……」


 二人の友人になすがままの状態で髪の毛のセットやメイクをされてしまうアリスが着ているドレスは、もちろん彼女がアルバイトとして購入した――わけではない。

 不思議な男性の出会いから二日後、突然届け物が届き、中を開けてみるとそこに入っていたのは綺麗なブルー系のドレスで、何故ドレスが届いたのか全く理解が出来ないアリスは一体誰が自分に贈り物をしたのかわからず、色を見て気づいた。

 多分、あの男性が自分に送ってくれたドレスなのだと。

 ブルー系が似合うと言っていたからこそ、その色系のドレスを送ってきてくれたのだろう。ついでにメッセージカードも残されており。


『パーティー、楽しんで』


 と言うメッセージ付き。

 一応ドレスは着てみたのだが、サイズは合っており――怪しんだ方が良いのかもしれないが、アリスはせっかく送ってくれたのだから無駄には出来ないと思い、学園祭後のパーティーに着る事にしたのだ。

 友人の二人は眼鏡を外した方が余程綺麗だと言ってくれるのだが、眼鏡を取ってしまったら見えなくなってしまうので、それだけは阻止した。

 同時に、アリスは深いため息を吐く。


「どうしました、アリス様?」

「うーん……いやね、今日のパーティー、学生だけじゃなくて、保護者の人たちも招待されている人は来る予定でしょう……兄上はともかく、両親や弟、妹に会うのはなんか嫌なんだよねぇ……無視されるってわかってるけど……」

「アリス様のご家族はいらっしゃるのですね?」

「うん、一応予定してるって、兄上が言っていたから」


 今回のパーティーは保護者の方々も招待されており、兄上がこの前言ってきたのだが、うちの家族も来られるらしい。それがちょっと憂鬱かなと思ってしまった。

 別に慣れている、わかっていると思っていたのだが、それでもちょっとだけ、辛いと思ってしまい――ため息を吐きながらそのように愚痴ってしまうと、友人二人は笑顔で答える。


「私の家族は平民ですし、距離が遠いので来られないと言っておりましたし」

「私の家族もそうですよ!だから今日は三人で楽しみましょう、アリス様!」

「……ありがとう、二人とも」


 二人の家族はどうやら距離がかなりあるらしく、来られないと言っており、少し申し訳なさそうな顔をしてお礼を言ったのだが、二人は別に気にしていないかのように笑顔で返事をしてくれる。

 セットが全て終わった為、アリスたち三人はパーティーに向かい、飛び込んでみると、一瞬にして別世界が三人の目に入っていった。


「うわぁ……今年も素晴らしいですねぇ……」

「アリス様、とりあえず何か軽く食べませんか?」

「そうだねぇ、アルバイトや学園祭の準備とかしてたからあんまり食事を取っていなかったから、ちょっと食べたい」

「学園祭前日までアルバイトしてたなんて……伯爵令嬢なのに……」

「私たちが色々ととってきますので、アリス様はこちらに座ってお待ちくださいね!」

「え、別に大丈夫――」


 できれば一人にしてほしくないんだけど、と言う淡い希望を胸に秘めながら止めようとしたのだが、二人はどうやらアリスに休んでほしいと言う言葉が頭の中に入ってしまったらしい。強制的に座らせられ、二人はアリスに満足してもらうために行ってしまった。

 残されたアリスは再度深いため息を吐きながら、あたりに視線を向けていると、所々アリスの方に視線を向けてくる人達が居る。家族のように無視してくれればいいのにと思ってしまったが、この世界ではそのような事は付き物だ。


「おい、あれって、地味令嬢じゃね?」

「綺麗なドレスを着たところで所詮は地味姫ですわね」

「伯爵令嬢だとしても、魔力なしではねぇ……」


「……聞こえてるっつーの。あとちょっとだけ魔力はあるって」


 余計なお世話だと思いながら、一人で居る事が嫌になってきたアリスは、二人を探しに行こうと思い、立ち上がろうとした時だった。


「――似合っているな、そのドレス」


「え……」


 突然聞き覚えのある声が聞こえたのはその時だった。

 目を見開き、振り向いてみるとそこには笑みを浮かばせながら立っている男性の姿――何故、彼がここにいるのだろうかと思いながら呆然と見つめてしまう。

 黒い髪に深紅の瞳――彼は笑顔でアリスに近づき、そのまま右手を取り、唇に近づけ、キスをする。


「良い夜だな、アリス」

「あ、の……お客様……え、な、なんで……」

「何でって、そりゃ俺はここの学園の生徒だからだよ」

「え、ぇえ!」


 その言葉を聞いて驚いてしまったアリスだったが、まさかそのような反応をされるとは思っていなかった男性は声に出して笑いながら、楽しんでいるように見える。

 しかし、男性は見かけた事がない、と言うか学園内で見た事ないと思ってしまったが、それは当たり前なのかもしれないとすぐさま理解です。

 アリスは、人間と言うモノに興味がなく、声をかけてきてくれた人たち以外はどうでもよい性格をしていた。と言う事に気づいたアリスは自分の愚かさに少しだけ嫌になってしまった。

 もしかしたら近くまで居たのかもしれないが、アリスはそれを認識しようとしなかったのである。そして、もしかしたらアルバイト先に現れた事も――。


「……もしかして、わかってて雑貨屋に来たんですか?」

「いや、それは偶然だ。欲しかったものがあったから立ち寄ったら、まさかアリス、お前が居たからな」

「……私の事、知っていたのですか?」

「まぁ、いつも遠目で見ていたからな。『魔力なしの地味令嬢』と言われているが、それでも勉強をし、最近では使えないが魔導書を嬉しそうに見ている姿を見て、興味がわいていた所だった」

「そう、なんですね……」

「因みに聞くが、あの闇魔術の魔導書はどこから入手した?」

「……」


 男性の言葉にアリスは何も言わず、目線をそらすような形になってしまった。因みに入手したのは古本屋でホコリを被っていたので興味を持って、交渉していただいたものだ。別にやましい事がないのだが、ただ一つだけあるのは――。


(……外出許可が出なかったから、抜け出して購入したなんて、言えない)


 実は外出許可が出ず、学園を抜け出して購入したと言うやましい事が一つだけあったので、言えなかったからのだ。青ざめた顔をしながら視線を外した彼女に少しだけイラっときた男性はそのまま彼女の頭を鷲掴みにし、顔をこちらに無理やり向けさせる。

 ちょっとだけ痛いなんて、アリスは言えない。


「まぁ、その件については後に聞くが……ところで、そのドレスの着心地は?」

「え、ドレスの事ですか……うん、悪くはないですが……あの、どうして?」

「ん?」

「……どうして、このような高いモノを、プレゼントしてくれたのですか?」


 そもそも、このようなモノをプレゼントする意味など全く理解が出来ない。アリスは首をかしげながら、男性に向けて問いかけるは、彼は一瞬驚いた顔をした後、そのまま彼女の腰に手を回し、引き寄せられる。

 突然目の前の、あの男性の顔が現れた事に驚いたが、男性は全く気にしないかのようにしながら、笑顔で答えた。


「そんなの決まっている」

「き、決まってるって……ちょ、か、顔近いです!」


「――俺が君の事を欲しいからだ」


 腰に手を回され、そして右手首を掴まれ、笑顔で答える目の前の男性に、アリスは全く理解が出来ない。自分が欲しい?何故?

 家族から無視され、学園では『魔力なしの地味令嬢』とバカにされ、この世界では『魔力』が全ての世界なのに、魔術すら全く使えず、剣術だって出来ない。出来ると言えば、魔導書を読んだり、勉強をするだけだ。

 それだけの存在なのに、この人は自分の事を欲しいと言ったのだろうか――理解が全くできないまま目を見開く。

 男性はそんな彼女を無視して話を続ける。


「最初は第三王子に読書仲間が出来たと嬉しそうに言われたので遠目で見ていたら噂の地味令嬢と言われていた少女だったが、何度も見ていくうちに努力家だと理解した」

「ッ……」

「それに、お前は見た目では判断しないだろう?」

「そ、れは……」

「だから、俺はお前が気に入った」


 笑顔でそのように告げた男性は、そのまま彼女から離れると同時、先ほどキスをした手を掴み、地面に跪く。

 未だに自分の状況が理解出来ないアリスに対し、男性は笑いを保ちながら、彼女に視線を向けて名乗る。


「俺の名はアーノルド・クライシス。クライシス侯爵の息子であり、この学園の三年生……アリス、君の一つ年上にある」

「え、あ、あの……」

「願わくば――」


 男性――アーノルドは再度、右手に口付けをし、深紅の瞳がアリスに向く。


「どうか、俺の妻になっていただけないでしょうか?」


――そして、どうか、俺を支える存在になってほしい。


 これは夢なのか、現実なのか、わからない。ただアリスが思ったのは、まだ二回目しか会った事のない人物に、目の前で求婚されたという事になる。

 次の瞬間、周りに居た人たちが叫び、友人二人は真っ赤な顔になりながら歓喜し、彼女をバカにしていた人たちは何故なのかと言う声すら聞こえてくる。

 一方、彼女を無視していた家族たちはその光景を見て声すらかけられず、アリスの兄である男も同年代の男が妹に求婚している姿を見て、複雑な気持ちになってしまい、その場で固まってしまった。

 そして、告白された当本人は、その場から固まった後、周りの状況についていけず、次の瞬間、アーノルドが握りしめていた手を勢いよく振り払った。


「む、むむ……」

「む?」


「む、ムリですごめんなさいあぁぁああい!!!」


 顔面真っ赤に染めたアリスは次の瞬間、勢いよく出口に向かって走り去っていく。振り払われた手に視線を向けてしまったアーノルドに少しだけの隙が出来てしまい――そして彼は再度笑いながら呟いた。


「――さて、『悪魔』と呼ばれている俺から逃げられるかな、アリス」


 アーノルド・クライシス――別名『悪魔』と呼ばれているこの男は、腹の底まで真っ黒であり、狙った獲物は逃がさないと、彼を知っている友人たちがそのように言っていたなど、人間に興味がないアリスが知るわけがなく。

 楽しそうに笑いながらアリスを追いかけに行った彼の姿を目撃したアーノルドの友人の一人はアリスに対し。


「……ご愁傷様、『地味令嬢』」


 と呟いていたなんて、誰も知らない。

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