不本意な変顔なのに「送って」と言われてなぜかシェアする写真

 賀野川方面に向かって歩く道すがら、常盤から話題を振ってみる。


「三角関係って英語でなんて言うか知ってる?」

「三角関係?」


 唐突な質問に近藤は戸惑いつつもかんがえる。


「うーん、直訳するなら、トライアングル・リレーション?」

「おしい」

「正解は?」

「エターナル・トライアングル」

「永遠の三角形……ってすごいな、また」

「でしょ。いつの時代にも三角関係は存在するってことらしいよ」

「へー」


 近藤は感心したようにうなずく。でもそれはどこか他人事のようでもある。

 常盤はそれが小さじ1杯くらいもどかしい。

 歩いているうちに日は暮れて、辺りは夕闇に染まる。

 常盤たちは船坂山から大通り沿いに東に移動したあと、賀野川河川敷の歩道を下った。それなりに距離があるから市バスで向かう手もあったけど、せっかくだから歩くことにした。なにが「せっかく」なのかはよく分かんなかったけれど。


「ごめんね。船坂山で観れたはずなのに、おいらなんかに付き合わせちゃって」


 そう言った次の瞬間には、近藤の手が頭を押さえつけてきて、常盤は帽子の上から頭をぐいぐいされてしまう。


「ちょっ、なにすんの?」

「自分のことをって言い方するなよ」

謙遜けんそんするのがいけないの?」

「それは謙遜じゃなくて、卑下ひげって言うんだよ」


 そんなこと近藤が気にするようなことじゃないのに、でも近藤は気にかけてくれる。一見不愛想なやつだけど、不器用ではない。

 常盤は近藤の手を払いのけながら訊く。


「近藤はさ、その、抵抗感とか無かったの? 恋愛感情のない人とのデート」

「常盤とのデートがか?」

「お、おいらじゃなくてっ」

「じゃあなんだよ?」

「静原さんのことだよ」

「ああ、そういうことか。……てか、恋愛感情云々って言い出したら、うちの両親とかどうなんだよって話になるけど」


 近藤の両親は契約結婚で、二人の間に恋愛感情はなかったそうだ。近藤はそういう家庭に育ったことにコンプレックスを抱いているわけではなく、隠し立てもしない。


「もしかして、デートに誘ってきたのはそれが理由か? 静原と俺がデートしたことを聞いてたから、確かめようとしたのか。俺がデートって言葉にどう反応するか、応じるのかどうか、観察したかったのか?」

「………………」

「図星かよ」

「何も言ってないじゃん」


 小宮といても、近藤といても、だいたいからかわれるのは常盤の側だ。常盤のぎこちなさを近藤は笑い、常盤はそれもまんざらではなく受けとめる。

 

 喋りながら歩いたからか、賀野川までの距離は思っていたより短く感じた。賀野川の土手はこぎれいに整備されていて、歩道も広く歩きやすい。南に望めるのは、東の山の大文字だいもんじだ。

 同じように送り火鑑賞に来た人が多かったけれど、開けた場所だけあって、座れる場所はありそうだった。

 よさげな場所を見つけて、そこの芝生に腰を下ろす。


「むかし、大文字だいもんじ山に忍びこんで、“大”の字を“犬”の字にしようとした学生がいたらしいよ。懐中電灯を使って」

「もしかして京徳大学生?」

「うん」

「頭いいのに、バカなことするよな」


 “犬”はやりすぎかもしれないけど、でもそれが京徳大学っぽさでもある。偏差値の高い学生が集まっているけれど、マジメ一辺倒ではない。「何でも持ち込み可」のドイツ語のテストに“ドイツ人の友人”を持ち込んだ猛者がいたり、キャンパスにこたつが現れたりする。今年の学園祭の統一テーマは「ふざけんな、ふざけろよ。」に決まったそうだ。

 突飛なアイデアが思わぬブレイクスルーを生むこともある。だから“変人”に寛容な雰囲気が京徳大学にはある。「自由の学風」だ。

 

 そうこうしているうちに最初の点灯が始まった。最初の“大”の文字が20時。およそ5分おきに火がつけられていって、全部で5つの山に文字が浮かび上がる。もっともこの河川敷から見えるのは最初の“大”の文字だけだ。

 その最初の文字が灯る。

 想像していたよりも、それはくっきりと“大”の字形を形づくっていた。


「写真撮ったりしないの?」

「なるほど。スマホって、こーゆーとき使うのか」


 スマホを開いたら、小宮からラインが来ていた。〈今度、ちゃんと説明しろよ!〉の一言とプンプンした顔のスタンプ。どうやら歩いている最中に来ていたようだ。

 命令形になってはいるけれど、本気で怒っているわけではなさそうだ。

 なんとなく、俵万智の「命令形で愛を言う君」の歌を連想する。


「早くしないと消えるぞ」

「あ、うん、」


 あたふた常盤はカメラを起動して、燃ゆる文字を画面におさめる。レンズがうまく明暗を撮りきれないのか、画像に映る大文字だいもんじは肉眼よりショボっとしている。

 常盤がカメラに手こずっているのを、近藤はぼうっと眺めている。


「近藤は撮らないの?」

「そういう常盤は、景色しか撮らないのか?」

「え、景色以外なに撮るの?」

「人物」


 観光客の写真でも撮るべきなのだろうか。報道写真とかだったら群衆の様子も撮影するんだろうけど。そんなことを考えていると、近藤はすっと手を伸ばしてくる。


「貸して」


 どういうことか分からないままに、常盤はスマホを渡した。

 近藤はスマホを受け取ると、モードをインカメラに切り替える。そして大文字だいもんじの火をバックにしながら肩を並べて、写真を撮った。

 一連の動作が流れるようにナチュラルだったので、常盤はポカンとしてしまっていた。人物写真を撮るというのは、二人で一緒の写真を撮ろうということだったのだ。

 背景に送り火の火が映りこんでいるとはいえ、それはただの背景。要は二人のツーショット写真だ。


「変顔しなくても良かったんだぞ」

「してないっ」


 常盤は近藤の手からスマホをバシッと奪い取る。画像を確認すると、気の抜けた表情の自分が映りこんでいる。


「あとでラインで送っといて」

「やだよ!」

なの?」

に決まってんじゃん」


 常盤はそう言ってそっぽを向く。だが、指が画像データを消去することはなかった。

 送り火の火は早くも消えかけ始めていた。




不本意な変顔なのに「送って」と言われてなぜか共有シェアする写真

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る