かき氷とけてもずっと駄弁ってた 蝉時雨降る夏の思い出

「納涼古本まつり」と書かれたのぼりがほうぼうに立ち並ぶ。糺森ただすのもり神社の境内で毎年この時期に開かれている青空古本市だ。数十のお店がぎっしりと軒をつらね、雑踏の賑わいは途絶えることなく続いている。

 8月の半ば。連日の酷暑は相変わらず容赦ない。けれど、それでも鎮守の森に囲まれた古本市は、涼やかさを感じ取らせてくれる。

 太陽の直射日光を木々が遮ってくれるからなのか。植物の蒸散が気温を引き下げてくれているのか。風鈴のように葉っぱを揺らすそよ風のためか。ともかくこの「納涼古本まつり」は、うだるような暑さを少しだけ忘れさせてくれる。

 古本市の一角には休憩所のスペースも設けられていて、そのそばには出店も建っていた。かき氷やジュース、ホットドッグに焼きそば。ちょっとだけお祭りっぽい。


「かき氷も売ってるんだね」

「食べたいなら素直にそう言えよ」

「……そんなに物欲しそうな顔に見える?」

「サイフもないのに、そんな発言をしてたらな」


 常盤はむっと口をとがらせる。


「買ってくるから、そこで待っといて」


 近藤は休憩のベンチを目で見やる。


「へー、おごってくれるんだー。やさしいー」

「白々しく言うな」


 いやいや。ほんとにやさしいと思ってるってば。


「………………ブルーハワイだったよな」

「え、あ……うん」


 かき氷のブルーハワイ味。憶えられてた。

 ちょっと照れくさくなって、常盤は帽子の位置をなおすフリをする。

 あのころそれをよく頼んでいたのは、メーカーごとにブルーハワイの味が違うらしいと聞いたから。だから、ブルーハワイ味がとくに好きというわけでもなかったのだけれど。てか、ブルーハワイ味って結局何なんだろ。

 運よく空いたベンチがあって、常盤はそこに座って近藤を待った。


 ベンチからぼんやりと古本市のにぎわいを眺める。

 熱心に古書を物色中の女性にむかって、小学校低学年くらいの女の子が駄々をこねている。「まだぁ?」とか「はやく~」とか言って母親を急かす。けれど母親のほうは古本を探すほうにご執心だ。それを見かねたのか、近くにいた男性が寄ってきて、「あっちであそんで待ってよっか」と女児を抱きかかえていく。親子連れで来てみたけれど、古書巡りに興味あるのは母親だけ。そんなところだろうか。

 参道のほんの少し脇に入ったところには、鎮守の森を流れる小川があって、何人かの子どもたちが靴を脱いでそこで遊んでいた。古本市の一角には児童書コーナーもあるが、ここで時間をつぶしている子どもも多いようだ。さっきの父親が、そこに女の子をつれていく。

 そんな様子をなんとはなしに眺めているうちに、かき氷を買ってきた近藤がいつのまにか戻ってきていた。

「はいよ」と言って近藤がかき氷を渡す。


「ありがと……ってなにこれ? なに買ってきたの?」

「みぞれ味」

「一瞬シロップなしのかき氷を渡されたのかと思った」

「もしシロップがかかってなかったら、クーリングオフしてくるよ」

「氷だけに冷却クーリングってこと?」


 冷ややかな冗談を飛ばしながら、常盤は白いシロップのかかったかき氷を一口ほおばった。近藤も常盤の隣に腰を下ろし、レモン色に染められたかき氷を口にする。


「わるいな。ブルーハワイが売ってなくて」

「別にいいよ。おごってもらったのに文句なんか言わないって」

「レモン味のほうがよかったら交換するよ」

「え、それ食べ始めてから言うの?」


 でも、近藤がカップを差し出してきたので、お互いにシェアして食べることにする。文芸部時代は、よく三人でこういうこともしたっけ。


「なんか、久しぶりな気がするな」

「……かき氷が?」

「二人で食べてるのが」


 たしかに、当時はだいたい三人でいるときが多かった。常盤と近藤と、それから小宮。


「文芸部の活動っていう名目で、いろいろ出かけたりしてたもんね」

「そうだったな」


 だから近藤と二人というシチュエーションは、考えてみればあんまりなかったかもしれない。

 文芸部の活動の一環だと言い張って、遊びに出かけたりもした。俳句や短歌を詠みに出かけることを吟行ぎんこうという。常盤たちは、俳句+ingで“ハイキング”なんて称していた。

 行き先としては市営の動植物公園が多かった気がする。単純に場所が近かったことと、中学生以下は入園料が無料だったから。


「科学館にも行ったよな」

「科学館でも短歌は詠めるからね」

「たしか途中で常盤がバレバレの嘘をついてさ……」

「あーっもう、人の恥ずかしい過去を!」

「って、おい」


 とっさに出てしまった手が近藤の持つカップに当たり、かき氷がこぼれてしまう。


「ごめん」


 謝る常盤だったが、近藤は「ちょっと持ってて」と自分のカップを常盤に預けると、カバンからウェットティッシュを取り出して冷静に対処している。

 とくに慌てるでもなく、手際がいい。こぼれた量はそれほどでもなく、ていうか、ウェットティッシュを持ち歩いていることに、ちょっと感心してしまう。


「そういえば、かき氷をめぐって言い合いしたこと、あったよな?」

「え、なんだっけ?」

「ほら、かき氷の俳句かなにかで議論したことなかったっけ?」

「あー、もしかして市民文芸祭のやつ?」


 俳句のコンクールに応募しようって流れになったときに、参考として前年度の市民文芸祭の入選作品集を図書室から借りてきたことがあった。


「たしかそのなかに“かきごおり 溶けるまで君と 話す夜”って作品があって……」

「よく憶えてるな」

「その句に対して近藤が“溶け終わる前に食べればいいじゃん”ってイミフな発言したんだったよね」

「……よく憶えてるな」


 昔のことを思い出して、常盤は思わず笑ってしまう。

 その一句をすぐに口ずさめるくらいに覚えているのは、そうだ、それをベースにして短歌を詠んだことがあったからだった。




かき氷とけてもずっと駄弁だべってた 蝉時雨降る夏の思い出

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