そうやって君は照れつつ振り返り子どもみたいにへへっと笑う

「今日はありがとね」

「ううん。ときちゃんと話せて嬉しかったよ」

「ッ、……小宮って、そういうセリフは素直だよね」

「素直な性格してるからね」


 どて煮をご馳走になったあと、小宮は階下まで下りて常盤を見送ってくれた。


「今度はときちゃんちに行ってみたいな」

「……おいらの場合はしっかり部屋片づけないと人呼べないレベルだから、来るときは事前通告してね」

「事前に言いさえすれば、ときちゃんちにいつでも遊びに行っていいってこと? やった!」

「あ、いや、そういう意味じゃ……」

「え? そういう意味じゃないの?」


 明かにとぼけたトーンで小宮は言う。ド直球な素直な言葉を述べてくることもあれば、こうやって常盤を茶化してくることもある。


「ま、別に家に来るくらい、いいけどさ」

「最初っからそう言えばいいのに」

「じゃ、またね」


 ニタニタ笑う小宮を背にして、常盤は帰ろうとする。

 しかし帰ろうとした常盤に小宮は後ろから忍び寄って、ぎゅっと左腕にしがみついてきた。


「わァっ、なに?」


 小宮は腕を絡ませ、常盤の手を握る。頭は常盤の肩に軽く預けるようにした。


「あの日。じつは帰りにバッティングセンターに寄ったんだよね。近藤と二人で」

「あの日?」

「バッセンの帰り、駅までの道をこんなふうにして歩いたんだよね。彼と腕を組んで歩くのは初めてだった」

「じゃあ、それまで腕を組んで歩いたことは無かったんだ?」


 小宮はこくりとうなずく。それが恋人未満・片想いの関係での距離感。だとすれば、いわんやキスにおいてをや。


「あんまりベタベタしてたら歩きにくいって言われちゃったんだけどね。“最後のおねだりだから”って言って押し切っちゃった」


 その一言で、小宮の指している“あの日”がいつのことなのか、ようやく思い至る。近藤が小宮に「友達じゃダメか?」と告げた日、小宮がアセクシュアルのことを知った日のことだ。

 もう付き合う可能性はないと思い定めて、小宮は「最後のおねだり」と言ったのだ。


「また、ズルい言い方をしたもんだね」


 近藤は断れない、いや断らないだろう。まして女の子を泣かせてしまった帰り道であるなら、なおのこと。

 溶け合うような目と目の距離。下から覗きこむような小宮の目線がすぐそこにある。


「知らなかった? わたしってズルい女なんだよ? ……彼が断り切れないように、こういう頼み方をしちゃうくらいにはね」


 小宮はさっと腕をほどいて常盤と向き直った。

 つないでいた手のぬくもりがほのかに残る。最後のわがままが腕を組んで歩くことでしかないなんて、ほとほとウブいというか、奥ゆかしいというか。

 常盤はあきれたように溜息をつく。


「こういうとき、フツーなら“小宮はズルい女なんかじゃないよ”って否定してあげるべきなのかもしれないけど……」

「けど……?」

「小宮は実際ズルいとこあるからなぁ」

「え~」

「まあでも、別にそれでいいんじゃないの? 人間、ちょっとくらいズルく生きるべきだよ。……おいらは小宮のそういうとこ、わりと好きだよ」


 小宮は目をきょとんとさせたかと思ったら、噴き出して笑い出した。


「まったく。ときちゃんのほうこそ、優しい心の持ち主だよね」

「優しい……?」


 常盤はオウム返しに訊き返したが、小宮は気にせず「じゃあね」とだけ言って、足早に戻っていく。途中でいったん立ち止まり、振り返って一言「ありがと」とつぶやくと、隠れるように階段を上って行った。




そうやって君は照れつつ振り返り子どもみたいにへへっと笑う

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