こんなにもさらりと誘ってくれるんだ ドギマギしてた私と違って

 どれくらい走っただろうか。

 常盤はゼーゼー息を切らして立ち止まる。角を曲がって見えなくなったあとも、一心不乱に走り続けていた。

 巻き込まれた近藤のほうも、肩で息をしている。何も言わず、何も問わず、常盤が走るのに合わせて走ってくれていた。

 そこは人通りの多くない生活道路だった。京徳市は道路が碁盤の目のようになっていると言われるけれど、ここは中心部から外れているし、細かい道に入れば込み入っている。目的地もなく走ったから、いま自分がどこにいるのかも見当がつかない。

 真夏の太陽はまだ沈みきっていない。常盤は帽子をうちわ代わりに扇ぎながら、道端の自販機のボタンを押す。


「心臓めっちゃバクバクした」

「こっちも走らされたせいで、バクバクしてるんだけど?」


 息を整えている近藤に、常盤は自販機のペットボトルを投げ放る。


「勘違いされちゃったかな」

「どういうふうに?」

「おいらと近藤が、その……そういう関係だって」

「そう思うなら、走って逃げたりせず、ちゃんと説明すればよかっただろ」

「だって、説明すると余計こじれちゃうと思ったんだもん」

「“だもん”って……。説明しないほうが誤解を生むだろ」

「うぅ〜。そうだよねぇ、やっぱ」

「ま、小宮なら別に大丈夫だと思うけどな」


 近藤は、淡々と言って、水を飲む。


「なにが大丈夫なの?」

「あいつは変な誤解とかしないだろ」

「なにその信頼感」

「中高6年間一緒だからな。常盤の倍長く過ごしてきたんだ。大丈夫だよ」


 気づくと常盤は、自分の帽子を強く握りしめていた。常盤は気持ちを整えるように帽子をかぶりなおす。


「一緒にいた人、柳澤さんって言うんだけど、小宮のこと、好きみたいなんだよね」

「へー」

「興味なさげだね」

「そんなに珍しいことじゃないだろ。あいつが好意をいだかれるのは」

「柳澤さん、このあと告白するかも」

「ほー」

「それだけ? もっとなんか無いの? いまごろ小宮、告白されてるかもしれないんだよ?」

「別に俺がどうこう言う立場じゃないだろ。小宮が誰かしらに告白されたとしても」

「仮にも小宮を追いかけて同じ高校に行ったくせに」

「恋人未満の関係ってことになってるよ」

「でも、友達以上でしょ?」


 常盤は渋味をこめて言ってやる。しかし近藤は生返事を返すだけだ。

 常盤は説明を続ける。


「ま、そういうワケだからさ、会わせたくなかったんだよね。柳澤さんはまだ、あんたらの関係を知らないから」

「それでドタキャンしてきたのか」

「ごめんね。なんにも言わずドタキャンして」

「紆余曲折あったわけだ」


 近藤はふっと笑みを浮かべた。まるで、楽しんでるみたいな顔をする。

 振り回した常盤のことを責めることもしない。そもそも常盤は近藤が怒ったところをほとんど見たことがない。


「ああいうふうに逃げるんじゃなくて、ちゃんと説明したほうがよかったのかもしれないけどさ、いちおう、ほら、近藤と柳澤さんは恋敵こいがたき同士になるわけじゃん。だからちょっとね」

「恋敵か。はは、そういうもんか」

「そういうもんなんじゃない?」


 恋敵という言い方が奇妙だったのか、近藤は面白がってさえいる。

 そうして近藤はスマホを取り出すと、マップで現在地を確認しながら歩き出した。


「行かないの?」


 立ち止まったままの常盤に、近藤は声をかける。


「そろそろ行かないと間に合わないぞ」

「え、なにに?」

「なにって、大文字だいもんじに決まってるだろ」


 近藤は賀野川の河川敷に行こうと提案する。船坂山の代わりに、そこで送り火を観ようという提案だった。

 最初に予定していた船坂山からは場所が離れてしまったが、賀野川のところでも大文字だいもんじ山の送り火を眺めることができる。


「観に行きたいわけじゃないならいいけど。どうする?」

「行く!」

「そ。じゃ、行くか」


 常盤は小さく「うん」と返事をした。




こんなにもさらりと誘ってくれるんだ ドギマギしてた私と違って

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