第九帖 河川敷
なでられているのは帽子のはずなのに まるで自分のように感じた
この街はエスカレーターの列を右に寄るか左に寄るか、バラバラだったりする。常盤は小さく「すみません」と断りつつ、人の脇を通り抜いてゆく。
エントランスから外に出ると、外気温がぐっと上がるのを感じる。気温がピークになる時刻はとっくに過ぎてるはずだが、暑い空気はじわっと身体を包み込む。
近藤が向かっているというバス停は右手の方向だ。常盤はそちらのほうを眺めながら、あまりの人混みの多さにげんなりする。これが
もうバスに乗って行ってしまっただろうか。もし仮にこのタイミングで会えなかったとしても、また後で連絡をとればいい。だから焦る必要はない。そこまで考えて、「あ、そうか。連絡すればいいのか」と気づく。
常盤は道のわきに寄ってからスマホを取り出し、近藤へと電話をかける。ところが折の悪いことに近藤は誰かと通話中のようだった。
常盤は電話を切って、再びバス停の方面へ向かう。ちょうど市バスが停留所に到着するところだった。常盤は知らずと駆け足気味になる。
市バスから乗客がぞろぞろと降り出てきた。そのなかに近藤がいないかと目を凝らすが、人垣越しで見つけられない。探しながら常盤はバス停のそばまで進んでいく。
こんな人だかりの流れだというのに、歩きスマホの人がいるのだから信じられない。人にぶつかったりしないのだろうか……と気にしてしまったせいで、常盤のほうが人にぶつかってしまった。すれ違いざまの観光客の肩に頭がぶつかって、拍子でかぶっていた帽子が落ちる。常盤は反射的に「すみません」と謝ったが、ぶつかった相手は立ち止まることなく去っていく。
常盤は雑踏に落ちた帽子を拾おうと振り返る。帽子はだれかの足に当たって飛ばされたようで、思っていたより遠い位置にあった。道路側に蹴飛ばされなかっただけマシと思うべきか。
後ろ手にバスの発進する音が聞こえた。バスの自動扉が閉まり、エンジンがタイヤを動かす音だった。
帽子が拾い上げられたのは、その音と同時だった。
彼は帽子をはたいて、付いてしまった砂ぼこりを払い落とす。まるで帽子をいたわっているかのようなやさしさ。“はたく”というより、“なでる”に近い。
たぶんだけど、たとえ拾った帽子が常盤のものではなく、だれか他の人の帽子だったとしても、彼は同じように丁寧に扱うような気がする。
「近藤……」
と声をかけて常盤は近づこうとした。けれどもドンクサイことに、常盤はつまずいてしまってバランスを崩す。転びそうになったところを近藤に支えられ、いきおい常盤は近藤の胸に顔をうずめる形になった。
なんともかっこわるい。
「大丈夫か?」
顔を上げた常盤に、近藤は短くそう言った。そして手にしていた帽子を、そっと常盤の頭にかぶせるのだった。
なでられているのは帽子のはずなのに まるで自分のように感じた
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