恋しても交際しても別れてもLINEの中では「友だち」のまま
3階の自習スペースだと自由に喋れないので、常盤たちは1階に場所を移すことにした。
附属図書館の1階にはコワーキングスペースがあって、学生たちからはコモンズと呼ばれている。ディスカッションやプレゼンも認められている場所で、ここなら喋るのもOKだ。
小宮は本の返却とお手洗いを済ませたいとのことだったので、常盤が先に行って場所を確保する。無料で、申請もいらず、冷暖房も効いているということもあってか、夏休みのわりにはけっこう人がいる。
常盤は右奥の開いていたスペースを確保する。机を2つ並べれば2~3人分で喋れるくらいの居場所になる。椅子に腰かけ、小宮に向けてラインを打っておく。
〈コモンズ、入って右手奥のほうで待ってるから〉
コモンズの空間は、書架エリアとは透明な間仕切りで区切られて、多少うるさくしても、外にいる人が気にならないようになっている。
台形型のテーブルは可動式で、人数に応じて座席数を調整できる。ホワイトボードや電源もあるし、申請すればプロジェクターを図書館から借りることも可能だ。コモンズ内ではいくつかのグループの島があり、プレゼンの練習やディスカッションをやっていた。
ほどなくして小宮がやってきた。常盤は小宮の姿を認めると、軽く手を振って合図する。小宮は一言お礼を述べつつ席に着いたが、すぐさま確認するように尋ねてきた。
「今回のは短歌じゃないんだね?」
昨日小宮に送ったライン〈すみません さっきのことはまた今度直接ちゃんと説明します〉のメッセージが57577になっていたことを指している。
「おいらだって、毎回短歌送ったりはしないよ」
「なーんだ、残念。楽しみにしてたのに。……ま、それはそれとして、ときちゃん、さっきのラインはわざとグループラインに送ったの?」
「え、うそ」
小宮がスマホの画面を示す。
個人ラインのほうじゃなくて、ゼミで作ったライングループのほうにおくってしまっていた。
常盤は自分のスマホでも確かめる。すでに既読も2人分ついていた。
「ほんとだ、ごめん。間違えて送っちゃったっぽい」
常盤はすぐに訂正しようとしたが、それを小宮は「待って」と止めた。
「いっそのこと柳澤さんも呼んじゃえばいいんじゃない? 説明しといたほうがいいと思うこともあるし、ときちゃんも聞きたいことあるでしょ?」
返事をする間もなく、小宮は常盤のスマホをかっさらっていく。
「ちょ、ちょっと」
あっという間のフリック入力。このスピードの文字入力は、常盤にはまだできない。
スマホを返してもらったときには、すでに〈もし来れたら、柳澤さんもぜひ!〉のメッセージが送られた後だった。しかもそれに続けて、ひらがなで「はーと」って書いて送信している。
「勝手にヘンなの送らないでよ」
「ちゃんとしたハートマークのほうがよかった?」
「これじゃ、おいらが『はーと』って送ったことになるじゃん。そういうのは自分のラインで送ってよ」
「えー、それだと面白くないじゃん」
小宮は茶目っ気たっぷりに言う。小学生のイタズラっ子みたいな笑顔。ほんとに面白そうにしてるから困る。
「あとで柳澤さんに不正アクセス禁止法について聞いとこ」
「わたしにスマホをあずけた時点で、これくらい予想してたくせに」
「あずけたんじゃなく、奪い取ってったんでしょ」
「へへっ」
「ったく。ほんと小宮っていい性格してるよね」
「知ってる」
「皮肉で言ったんだよっ」
「知ってるって。安心してよ。自分の性格の悪さくらい自覚してるから」
「それって、なおさらタチ悪くない?」
再びラインの画面に目を落とすと、すぐに既読が付き、柳澤からスタンプが送られてくる。
「おっ、柳澤さんも来てくれるみたいだね」
「っていうか、柳澤さん呼んじゃって大丈夫なの?」
昨日柳澤と小宮の間でどんなやりとりがあったのかを常盤はまだ知らない。
「大丈夫。ほんと言うと、二人から事情はだいたい聞いてるから」
「二人?」
「柳澤さんと近藤。ときちゃんがカフェで柳澤さんと会ってたことも、古本まつりで近藤と偶然再会したことも」
柳澤からはあのあと直接、近藤からは帰宅してからラインが来たという。
「近藤からのは、けっこう長文なラインだったよ」
「そうだったんだ。ラインだとちょくちょく連絡取りあってるの? しばらく顔合わせてないみたいだったけど」
「ラインのやりとりは続いてるよ。ただの情報交換みたいになってるけどね」
昔と比べると、ラインをする頻度が減ってるという。
「ま、それでもときちゃんと比べたら、よっぽどやりとり多いけどね」
「あ、いや、おいらの場合は、単にラインに慣れてないだけっていうか」
気軽にメッセージやスタンプを送るのに、常盤はまだ慣れないところがある。
「さすが昭和の日生まれ」
小宮はそう言って、人差し指で常盤のおでこをつんつんしてからかう。
常盤の誕生日は4月29日。「昭和の日」だ。それを昭和生まれであるかのようにイジってくる。
ちなみに小宮は早生まれ。2000年生まれの常盤や近藤と違って、2001年、すなわち21世紀の生まれだ。
「昭和生まれみたいに言うな。関係ないから」
「じゃあ、お題:ラインで、一首どうぞ」
「“じゃあ”ってなに? 突然のムチャぶりやめて」
「と言いつつ、ときちゃんだったらきっと期待に応えてくれるよね?」
吸い込まれそうになるくらいの、にこやかで小悪魔チックな笑顔を向けてくる。常盤がこの顔がニガテだ。たぶん、自分にはない種類の武器だから。
短歌の世界では、お題に沿って歌を詠むことを題詠という。小宮は「ライン」というお題で短歌を詠めと言ってきているのだ。
常盤はしぶしぶ短歌手帖を開く。そして記したのが次の歌。
知り合いも幼なじみも先輩もラインの中でどれも「友だち」
「う~ん」
「しっくりこないの?」
「おいらとしては、もっとこう、距離感の差を表したいんだよね。ラインの“友だちリスト”って、ちょっと不思議じゃない? たんなる知り合いでも、あるいは逆に、どんなに仲がいい子でも、ぜんぶ“友だち”なわけじゃん。それを表現したかったんだけど……」
「あー、なるほど。そういうことね。じゃあこの短歌には、“友だちってなんだろう”っていう悩みが込められてるわけか」
どこからが友だちなのか。友だちと親友の違いはなにか。自分は相手のことを友だちだと思ってるけど、相手は自分のことをどう思っているのか。
きっと誰しも一度は考えたことのある悩みだと思う。
でもラインだと、すべての人間関係が“友だちリスト”になってしまう。
「伝わりにくい?」
「ちょっとね。下の句のニュアンスがポジなのかネガなのか分かりづらいかも。“みーんな友だちだよ!”みたいな意味にも取れなくはないし」
「やっぱりそっか。上の句の例示もビミョーな気がするしなぁ」
「もうちょっと動きがあったほうがいいかもね」
「動き、か」
あーだこーだ言いあった末、常盤はこんなふうに書き直すことにした。
恋しても交際しても別れてもLINEの中では「友だち」のまま
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