パラボラで通じ合ってる君たちを残してひとりかくれんぼした

「お、噂をすれば影だ」


 姿を見せた柳澤に向かって、小宮はたおやかに手を振って、招き寄せる。柳澤は目が合うと一瞬表情をほころばせ、常盤たちのいるテーブルに近づいてくる。


「待たせちゃったかな?」

「いえいえ、全然待ってないですよ。っていうか、一方的に呼び出しちゃう形になってすみません」


 柳澤と小宮が社交上のプロトコルを済ませる。


「“はーと”は小宮が勝手に送りました」

「もう、照れちゃって」

「いや、照れてるとかじゃないから。たんなる事実関係の説明だから」


 常盤と小宮のそんなやりとりに、柳澤は「相変わらず仲いいね」なんて感想を漏らしている。

 立ったままだった柳澤に、小宮は「どうぞ」と席を勧める。けれども柳澤が座ろうとする前に、「あ、ときちゃんの隣のほうがいいですか?」と確認しなおした。


「隣に座ってるだけで胸がキュンとするって言ってましたもんね。せっかくだし、ときちゃんの隣に座りますか?」

「“胸がキュンとする”とは言ってない。……緊張して脈拍が上がると言っただけで」

「否定するとこ、そこなんですか?」


 そんなこと言いつつ、柳澤はちゃっかり小宮の隣に腰をおろす。

 常盤が驚いたのは、二人が以前よりも打ち解けていること。というか、小宮が茶目っ気モードまで見せている。

 常盤は声を細めて、小宮に耳うちする。


「なんか、ずいぶん仲良くなってない?」

「そりゃあ、昨日は色々お喋りしたし」

「え、あのさ……もしかして、え、もしかして柳澤さんと付き合うことにしたの?」


 最後の部分はいっそう小声になった。けれど尋ねられた小宮は、プッと盛大に噴き出す。


「柳澤さん、ときちゃんがわたしたちのこと、付き合ってるんじゃないかって疑ってますよ?」


 小宮は柳澤に同意を求めるけれど、当の柳澤は困り顔だ。


「え、結局どういうこと? 昨日なにがあったの?」

「ん、まあ、猫かぶらなくてもいいくらいには親しげな仲にはなった、かな」


 小宮ははぐらかすような、あるいは、はぐらかすのを楽しむような言い回しをした。こうなるとストレートに聞き出すのは難しそうだ。


「昨日近藤くんと鉢合わせして、常盤さんが逃げ去るように彼を連れて行ったでしょ? そのことでもろもろ与太話をして、会話がすごく弾んだんだよ」

「ま、要するに恋バナで盛り上がったってことね」


 柳澤と小宮はそう説明する。


「恋バナ?」

「昨日ときちゃん、“遠くて近きもの”って理由をつけたでしょ? で、そのあとで近藤が登場して、二人で手つないで逃げ出していったから。柳澤さん、ときちゃんが近藤とできてるんじゃないかって疑ったんだよ」

「え?」


 常盤は驚いて柳澤に目を向ける。柳澤はすこし気まずそうな顔をしていた。


「じゃあ、二人は付き合ってるわけじゃないんだ?」

「はい。おいらと近藤は全然そんな関係なんかじゃないです。だって、その……」


 言いかけて、常盤は横目に小宮を見やる。小宮がそのあとを引き取った。


「だって、近藤が惚れてる相手はわたしだからね」


 小宮はもったいをつけるまでもなく、あっさりそう言いのけた。こういうセリフを言いきってしまえるのが強い。


「けっこう面白い関係だよね。いわゆる友達以上恋人未満の関係で、当事者双方が交際については否定してるんだっけ?」


 確認するように訊いてきたのは柳澤。昨日の夜にそのあたりのことも聞いていたのだろう。

 常盤は補足するように説明する。


「中3のときに、いちおう告白はあったみたいなんですけどね。そのときに二人で話し合って、恋人としては付き合わない関係を続けようってことになったらしいです。それ以降は、なんだろう……片方が片想いを公言していて、相手のほうもそれを許容している状態が続いてたっぽいです」

「キープしてるってこと?」

「他人から見たらそういう風に映らなくもないかもしれませんけど、でも、お互いにそれで納得してるみたいですね」

「なるほど」

「近藤は高校受験のときも、小宮の志望校に合わせて自分の志望校を変えたりもしました。最初に同じ高校を受験するって言い出したときは、無謀だって思ったんですけどね」


 三人のなかで、じつは一番イマイチな成績だったのが近藤だった。小宮の成績がいちばん良くて、常盤がその次、近藤はさらにその下だった。小宮と近藤が同じ高校に行くことは、どだいムリな話だった。

 ところが近藤は、志望校を変え、小宮と同じ高校を受験すると言い出した。秋の文化祭が終わって、部活を引退した間際のことだ。そんなタイミングだったから、急な志望校の変更にはひと悶着もあった。

 けれども近藤はせつを曲げることなく挑戦し、そしてみごと小宮と同じ高校に合格したのだった。


「最初に言い出したときは、ほんと驚いたけどね」と続けたのは小宮。「でもさ、わたしからは何も言えなかったよ。正直、そこまでしてくれるんだって思ったし。むしろケンカしたのは、ときちゃんのほうだったよね?」

「別にケンカじゃないよ。ちょっとしばらく口を聞く機会がなかっただけで……」


 一時の気の迷いなんかで進路を犠牲にするなんてアホだ、と常盤は近藤に口走ってしまったのだった。近藤は表立った反論をしなかったから、言い争いにはならなかった。だがその一件でギクシャクしてしまい、もと通り話せるようになったのは合格発表を迎えてからだった。


「で、話を戻しますけど」と常盤は続ける。「昨日あの場に近藤が来ちゃったのは、おいらとしても、ちょっと想定外だったというか……。あのタイミングで柳澤さんに近藤を紹介するのも違うっていうか、もろ三角関係だし気まずいってテンパっちゃって……」

「常盤さんは僕と小宮さんが二人になるシチュエーションを作ろうとした。けど、そこに近藤くんが現れてしまった。近藤くんと小宮さんの関係性を僕に伝えるのも忍びなかった」

「……はい」

「それで逃避しちゃったんだ」

「そんな感じです」


 行き当たりばったりの結果でもあるし、常盤自身の行動とはいえ、こうして説明するのは気恥ずかしい。事情を聞いた柳澤は、すこしの間しんと考えごとをしていたようだったが、やがて口を開いた。


「ほとんど小宮さんの見立てどおりだったね」

「ね、言ったとおりだったでしょ」


 柳澤の漏らした感想に、小宮は得意顔をしてみせる。「どういうこと?」と常盤は二人の顔を交互に見比べる。


「古本まつりでの一部始終を柳澤さんは見てたんだよ、ときちゃんが近藤をデートに誘うとこも含めて、ね。ときちゃんがわたしを送り火に誘ってきたタイミングって、近藤に声をかけたあとでしょ? ひょっとしてときちゃんは、わたしと近藤を引き合わせようとしたんじゃないかなって」

「でも、僕が小宮さんに好意を抱いているらしいと考えて、急遽その予定を変更した」

「……っていう話を昨日の夜してたんだけど、見事そのとおりだったってわけ」


 言いながら小宮はくすくす笑っている。

 心が見透かされているようで、常盤はムズ痒くていたたまれない。もしいま鏡を見たら、耳まで紅潮してることだろう。

 走って逃げたことだけじゃない。デートに誘う場面も見られていたのかと考えると、改めて心臓がバクバクする。もし知り合いに見られていると気づいていたら、あんなふうな誘い方はしなかったはずなのに、と。


「あー、もうっ、恥ずかしー」と常盤は頭をいた。


「そういえばさ、科学館に行ったときも似たようなことあったよね?」

「科学館?」

「文芸部の3人で科学館に行ったことがあるんですよ。創作活動の一環という名目で」

「へえ、文芸部なのに科学館とかも行くんだ」

「科学館でも短歌は詠めますから」

「なる、ほど」

「で、パラボラアンテナを使って離れた位置からお喋りができるアトラクションがあったんですけど、そこでわたしと近藤で喋ってるときに、ときちゃんが『急用ができた』とか言って、急にどこか行っちゃったときがあったんですよ」

「気を利かせて、二人っきりにしてあげた?」

「そうみたいでした。『急用ができた』なんて言い方、明らかに嘘っぽかったですし。気を遣わせちゃって申し訳ないなと思って、結局、館内放送をかけて呼び出してもらったんですよね」


 当時常盤はケータイを持っていなかった。だから連絡手段がなかったのだ。


「まったく、おいらの身にもなってよ。中学生にもなって迷子の呼び出しを受けるのが、どんだけ恥ずかしかったか」

「しょうがないじゃん。それしか方法がなかったんだから。さすがにフルネームで呼ばれるのは恥ずかしいかなーと思って、“青葉中学校文芸部の常盤さん”って放送にしてもらったし」

「そういう問題じゃないっ」

「ときちゃん、さっきから顔、赤くなってるよ。だいじょうぶ?」

「小宮のせいだっつの!」


 猫をかぶらなくてもよくなったからなのか、小宮は思う存分笑いあかしていた。




パラボラで通じ合ってる君たちを残してひとりかくれんぼした

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